【イベントレポート】ティルダ・スウィントンが考える“クロースアップ”の効果とは、ワークショップ詳細レポ
シャネル主催による、未来の映画人を育成するための「CHANEL & CINEMA - TOKYO LIGHTS」マスタークラスが11月27日と28日に東京都内で行われた。本記事ではティルダ・スウィントンと是枝裕和が講師を務めた28日午後のワークショップの模様をレポートする。今回のために書き下ろされた短い台本をもとに、俳優・監督・講師たちは試行錯誤を繰り広げた。 【画像】講師として参加した是枝裕和とティルダ・スウィントン このたびのワークショップは、古川葵が書いた脚本「法律事務所にて」で実施。パートナーの不倫相手に慰謝料を請求する裁判で敗北した依頼人・田代と弁護士・洋子が、久々に弁護士事務所で話をする様子が切り取られる。田代の訪問に迷惑しつつも、裁判に負けてしまった後ろめたさから突き放せない洋子だったが、だんだんと“田代は復讐のためにやって来たのでは”という思いを抱いていく。古川は「まさに昨日ティルダさんがトークセッションでおっしゃっていた“つながり”について描きたかったんです。つながっているという実感を求めている2人の物語。田代は目の前にいる洋子、洋子は子供や元パートナーにベクトルが向いています。そのすれ違いがホラーにもコメディにも、しっとりしたものにもなり得ると思って書きました」と説明した。 同ワークショップでは1人の監督と俳優たちが組み、計2つのグループで「法律事務所にて」を演じた。1組目は監督の長谷川安曇、俳優の池田良、晃平、NIKO。2組目は監督の松林うららが俳優の佐津川愛美と仁科貴と組んだ。 ■ 「極端なエクササイズをしましょう」 まずスウィントンは「私はここにいられて、とてもラッキー。私たちは限界を取り払おうと思います。今素晴らしい講堂に集まっていますが、(私が立っている)ここは舞台ですね。でも我々が作ろうとしているのは映画です。これまでのワークショップを踏まえて、講堂にいるということは忘れてください。舞台ではできないが、映画ではできることに注力してみたいと思います。シネマ故の恵みとはなんでしょうか? それはカメラ、つまり監督の視点に終始します」「今回は極端なエクササイズをしましょう」と前置く。これまでのワークショップを見てアイデアが生まれたと話し、「どれだけ脚本に忠実でいるかについて問答が行われましたが、それを大いに活用しようと思いました。つまりスクリプトが我々にどう作用するのか。話す言葉と(胸の内にある)意図は一致するのか、我々は真実を語るのか、それをシネマで表現できるのか。特にクロースアップの効果について見ていきたいと思います。これは舞台ではできないことですね」と今回の方向性を示した。 今回は、2人の登場人物を2台のカメラがクロースアップで捉え、その表情が壇上のスクリーンに映し出される。スウィントンは「ある時点で1人のキャラクターは離れた場所へ移動します。それぞれ1人きりになったキャラクターは果たして本音を語るのか、そうでないのか」「映画は大きなスクリーンで上映されますが、そこに映し出された大きな顔を観客が観る。とても魔法的な瞬間です。(俳優が)何をしているのかではなく、スクリーンに何があるのか、どういうものとして存在しているのか。それをクロースアップは捉えることができるんです」と効果を語り、「シーンを撮影しつつ、演者がこの学術的な実験から何を学べるのか試してみましょう」と1組目のチームを呼ぶ。 ■ 俳優に今どんなことを考え、何を感じたのかを問い続ける ワークショップは英語版テキストで行われた。スウィントンは「前作の映画はペドロ・アルモドバル監督と撮りました。(スペイン人の)彼が得意ではない英語での撮影でしたが、彼は英語のセリフを聞いているというより、演者の感情やリズムを見ているようだったんです。母語とは違う言語であってもそれは無視して、何を感じ取れるのかをまず見ていただきたい」と述べ、カメラマンには、鎖骨がギリギリ入るくらいまで顔をアップで映すように指示。「アップになると心の内が見えます。隠れるところはもうないんです。演者は演技をする必要はありません。頭の中で考えを持てばそれが伝わるものです」と1組目のチームに語りかける。 まずは晃平が田代、池田が洋子を演じた。洋子が元パートナーに電話をしている間に田代がヌッと事務所に入ってきて、ふと洋子を驚かせる。そこでスウィントンが演技を止めて「今、田代を見てどう思いましたか?」と聞くと、池田は「誰だ?と思いました」と答え、晃平は「私は懐かしいなと考えていました」と話す。続いて田代は事務所に入り挨拶を済ませると、「相変わらず不倫ばっかですか」「裁判したって、良いこと一つもないのに」と洋子に語る。またスウィントンはカットをかけて「何を考えましたか?」と2人に尋ねた。晃平は「復讐心があり、そしてコートに録音機を隠しているような……」と自身で決めた設定を明かし、池田は「不倫裁判にまつわることを面と向かって言われるとは、とびっくりした気持ちです」と洋子としての感覚を伝える。その後もスウィントンは2人に「今どんなことを考えているのか」「何を感じたのか」を問い続け、「洋子が歓迎しているムードを出しているのも、田代の『冗談です』という言葉も嘘なわけですよね。田代がリラックスしている雰囲気なのが脅威に感じられますね」と目の前の2人をつぶさに分析していく。 続いて、物語が大きく動くパートに突入する。会話を続けるにつれ、やはり田代は復讐のために事務所に来たのでは?と疑念を深める洋子。さらに田代から“先生に会いに東京へ来た”と言われ、グッと体を近付けられたことで動揺し、手土産のケーキを切るという名目でキッチンへナイフを取りに行こうとする。物理的な距離が生まれ、それぞれ1人きりとなった俳優たちの表情をカメラは大きくクロースアップする。晃平から「ちょっと洋子にプレッシャーをかけすぎたかなと後悔しました。自分自身に、落ち着けと言い聞かせるような気分でした」と言われると、スウィントンは「全部を見せなくてもいい。内側にその気持ちを持っていればカメラが捉えてくれます」とアドバイスする。また「このシーンはゲームのようですよね。どちらが本心を吐露するのか、ぎりぎりのところです」とも。その後、田代が「僕は先生を困らせたくて来た訳じゃないんです。僕はただ」と弁解するようなセリフを口にするシーンにスウィントンは言及。「晃平さんは面白いことをなさいましたね。最初は自信を持って事務所にやって来たものの、ここで少しのもろさが見えたような」「例えばもっと怖い雰囲気にしてもよかったわけですよね。どれがベターという話ではないんです。セットの周りでどう動くかではなく、今回は顔とささいな表現が大事なんです」と演者の選択をたたえた。 続いて晃平とNIKOが田代役を交代する。晃平とはうって変わり、NIKOの演技には笑顔や睨むような表情は少ない。また2人の体がグッと近付くシーンにおいても変化があった。晃平との共演時は、池田が恐れを見せたように体を後退させたが、NIKOの場合は大きく避ける様子は見せなかった。スウィントンは「このパターンは、田代が洋子に恋心があるのか、それとも復讐心があるのか全然わからないですね。お三方ともいろんな可能性を顔に携えていたのがよかった。協業するもの同士、リラックスしていることが大事。現場では緊張や居心地の悪さも起こり得るものですが、それは必要悪ですね」とコメントし、1組目の出番は終わった。 ■ 「失敗というものはありません。信じてくれますか?」 2組目は日本語ネイティブチームのため、英語と日本語テキストのどちらを使うか問われるも、英語版を選択した。洋子役の佐津川は、序盤で何度かセリフに詰まり「緊張していて」と心境を率直に明かす。その様子を見たスウィントンは「英語じゃなくてもいいですし、アドリブでもいい。感情が大事です。そして、佐津川さんが緊張していることを正直に伝えてくれたことに感謝します。間違ってはいけないと思うから緊張するんですよね。これはエチュードですから、失敗というものはありません。信じてくれますか?」と温かく佐津川の肩を抱く。そして「6歳の子供みたいに遊び合いながら、ナーバスにならずに仲間として演じてください」と言葉を贈った。田代役の仁科は「体を動かしながらやるのではなく、椅子に座った状態から演じませんか?」と提案し、2人はテーブルを間に挟んで向かい合った形で演技を再開させる。1度目の演技で仁科は少し大げさなくらいの笑顔で話し、「先生を困らせたくて来た訳じゃないんです」というセリフを涙ぐみながら口にする。対する佐津川は最初はこわばったような笑顔でなんとか訪問者に対応するものの、ナイフを手にした以降はその笑みすらあまり見せなくなるという人物像で演じきった。 スウィントンは「緊張感をうまく活用できたのではないでしょうか? クロースアップを見ると、外に見せる部分と内面の部分がよく見えてきました。先ほどのパフォーマーよりも(洋子)に罪悪感があるように見えましたね」とコメント。監督の松林は「2人のコネクトが素晴らしかったです。リラックスしてきたので、止めずに途中から最後まで見たいです。田代はこの場を楽しむような方向で、洋子はこの困難な状況に立ち向かっているんだという感情を隠すようにやってみてください」と演出して2回目の演技がスタート。先ほどと違い、今回は2人とも涙ぐむ演技で2周目を終えた。 佐津川は「最初に緊張してしまったのは、たくさんの目があって舞台上にいるような気持ちになってしまったからだと思います。気持ちを切り替え、あまり体を動かさないで芝居をしたらすごくやりやすかったです。我々は英語ができないチームですが、セリフにおいてはそれは関係なく、相手の気持ちを受け取れたら、私からも気持ちを渡せるのだと如実に感じることができました」と述懐。仁科も「クロースアップでどう映っているのか、わずかに気になりましたが、なるべく佐津川さんをじっと追うようにして演じました。目を見て話すと、僕ではない田代そのものが話しているように思えましたし、普通に話しているだけで何かに導かれるかのように動けました。緊張はしましたが、ティルダさんという大きな船に乗せていただいたような気持ちです」と語る。 ■ 是枝裕和がこの脚本で演出するなら… スウィントンが「私はクロースアップが大好きなんです。演技をする必要がないと感じて、とても安心していられるタイプ。5人の演者さんも、その人物の真実にアクセスしているように感じました」と話すと、是枝は「ティルダさんという大きな船に乗っているという表現は的確だなと思いました。ティルダさんの演出は本当に勉強になりました。そしていったん体の動きを置いて、向かって座ったらすんなり表現できるようになったということは僕にとって発見でした」と振り返る。そして演出面にも触れた是枝は「椅子が2つあるとき、僕だったらいかに2人をそこに座らせないかと考えます。座って向き合ってしまうとカットバックでアップにするしかないので、なるべく向き合わせずに短く済ませたい。そもそも怪しい人が来たら目の前には座らないだろうから、洋子はなるべく座らせないように考える。もっと田代がもぐもぐ食べていたら、洋子がコーヒーを持って来やすい状況になるし、例えば『先生はこのオフィスに1人です。鍵も空いている』というセリフのときに、田代がドアの前まで歩いて鍵を掛けてみるのはどうだろう。今回は、俳優にはこういう声をこういうタイミングで掛ければいいのだという学びがありました」と述べた。 ■ 寄宿学校に入っていた10歳のときに気付いたこと Q&Aではスウィントンに向けて「若手監督と組むなら何を求めますか?」という質問が飛んだ。スウィントンは「どんなキャリアを持っているかは関係ありません。ペドロ・アルモドバル監督は数多くの本数を撮っていますが、『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』ではまるで新人監督のようでした。英語で撮っていたことも関係するとは思いますが、彼はいつもそのような人物なのではないでしょうか。私にとって若手の方と組むことは好奇心を満たすものです。新人のうちは好奇心や衝動性がありますから、彼らと一緒に仕事をすることに喜びを感じます。ともに極限状態に挑むわけですから」と回答。さらに自身の過去についても話し「寄宿学校に入っていた10歳のときです。つらいなと思いながら電車に乗っていたのですが、ふと自分の表情を見たときに“私が悲しみに暮れていることに誰も気付かないだろう”と思ったんです。私は(電車に乗っている)ほかの人の内的世界も知らないし、知り得ることができないのだと気付いた。人は他人の内面を知ることができない。私はいまだにそのことについて興味を持っていて、感じたことを表に出さないという選択肢を面白いと思っています。それがフィルムメーカーとしてのファンタジーなのかもしれません」と原点を明かす。 ■ 「親近感を持って近付けばもっといい芝居作りの時間が作れるんだと感じた」 最後にスウィントンと是枝に加え、講師として「CHANEL & CINEMA - TOKYO LIGHTS」に参加した映画監督・西川美和も登壇。締めの挨拶として、西川は「聴講生の1人として勉強させていただきました。監督をやっていると、自分で現場とか映画をコントロールしなければいけないというプレッシャーもあり、必ずしも毎回俳優とオープンに打ち解けられているわけではないんです。いったい何にナーバスになっていてうまくいかないのかということが解明できないままに終わるということも多い」「今回は俳優の演技を途中で止めていましたが、監督としては話しかけていいのか躊躇する場合もあります。ただほかの方のアプローチを見ていたら、こうやって親近感を持って近付けばもっといい芝居作りの時間が作れるんだと感じました」と言い「私もお芝居を作るとき、とても緊張するんです。なので300人の前でトライしてくださった演出家、俳優の皆さんには拍手を」と促し、会場には大きな拍手が起こった。 なお初開催となった「CHANEL & CINEMA - TOKYO LIGHTS」には、俳優の役所広司、安藤サクラもワークショップの講師として登壇。全プログラムを修了した参加者は次のステップとして、ショートフィルムのコンペティションへの応募資格が与えられる。映画監督の志望者は、8分間の短編の脚本を提出。書類および面接で選ばれた3作品が、シャネルの支援のもと制作される。2025年春の制作発表を経て、2026年に東京と仏パリで上映される予定だ。 写真提供:Chanel