坂元真澄(スタイリスト/編集者)「和倉温泉・角偉三郎美術館」──合鹿椀を通じた角偉三郎の世界に没入。特集:車とともに旅に出よう。
旅の季節がやってきた。西へ東へ、国境さえも越えて、車はどこまでも私たちを運んでくれる。かつて、若きジェントルマンは未知なる世界へ、見知らぬものと出会い、自身を高めるために旅に出た。『GQ JAPAN』はこの秋、瀬戸内、能登、函館、そしてソウルへと学びの旅を提案する。車を相棒に、グランドツーリングへと出かけよう。能登をスタイリストの坂本真澄と巡る。 【写真を見る】美術館の様子をチェック!
「能登に来てよかったことは、雑誌を通じて文化的なものに触れることができたこと、そして工芸という世界で角偉三郎さんの存在を知ったことです。その先見性やバーナード・リーチとの交流など、本当にワールドクラスの作家さんです」 角偉三郎は漆の下塗職人の父と蒔絵職人の母の元に生まれ、輪島の伝統の中で育ち、沈金作家としてパネルやオブジェ等を作成していた。粗野ながら、高台でたくましい漆塗りの合鹿椀に魅せられ手に触れるものが本来の漆ではないかと考え、作家としての名を返上し、民藝的な活動に傾倒していった。 「合鹿椀はそもそも、能登の合鹿地区で作られ農民などに使われていたもので、珠洲焼同様に忘れ去られたものだったんですよ。その合鹿椀に魅力を見いだした角さんは、どうにか自身の思う形にできないかと、もやもやしていたんです。のちに、輪島を訪れたバーナード・リー チに「私はいつもこの小さいお椀につかまって生きてきました」と古い合鹿椀を差し出したそうですが、リーチは小椀に頬ずりしてして喜び「今度は私がつかまる番ですね」と答えたそうです。このような経緯で、見捨てられたものをフックアップして、ここまでのものにした角さんのディレクター的な感覚が素晴らしい。しかも素材と漆の合わせ方がとてもデザイン的だったり、(ジャクソン・)ポロックのアクションペイントの影響を受けたような技法があったりと、当時からとても視野の広い人だったんです。いまも生きていらっしゃったら、どうされているんだろうかと思ったりもします」 その角偉三郎の作品を一堂に集めた美術館が和倉温泉の加賀屋別邸 松乃碧の中にある。“美術館に泊まる”をコンセプトにした、全29室の静かでゆったりした宿。エントランスから角偉三郎の作品が出迎える。合鹿椀はもちろん、へぎ板、お重などの展示をはじめ、角の書、さらにはジャズを聴きながら作業をしていたという工房まで再現された美術館だ。 「とてもレアなところなので、むしろあまり教えたくないですね(笑)。ですが、角さんの現物の作品をここまで拝見できる場所はほかにないと思います」 ■角偉三郎美術館 静寂な空間の中、赤と黒で彩られた輪島塗の伝統的な趣と角偉三郎の研ぎ澄まされた感覚を感じることができる。 住:石川県七尾市和倉町ワ部34番地 加賀屋別邸 松乃碧内 TEL:0767-62-8000 入館時間:11:00~15:00 入館料:1,000円(ワンドリンク付き)。 URL:https://www.matsunomidori.jp ■坂元真澄(さかもとますみ) 祐真朋樹に師事し、2001年独立。雑誌、広告、東京コレクションなどを手掛けるほか、雑誌『大勉強』の編集長としても活躍。2021年から活動の拠点を東京から石川県に移す。
文・古谷昭弘 写真・深水敬介 イラスト・尾黒ケンジ 編集・岩田桂視(GQ)