バブル末期、利潤の追求より「倫理の大切さ」を訴えた東大総長の深いスピーチ
これが客観的な事実と言えるかどうかはさておき、有馬総長は上の引用に続けて、国際化が進む今の時代に「日本人が論理をあいまいにし修辞を忘れて、自分達の主張を通そうとしても、他の国の人々にはなかなか理解してもらえない」ので、「明晰かつ判明な論理」を展開しなければならないと述べています。 「明晰かつ判明」というのはデカルトの『方法序説』に見られる有名な表現で、「明晰」とは精神にとって疑う余地なく明白に認識されていること、「判明」とは明晰であると同時に他からはっきり区別されていることを指しますが、多くは「明晰判明」とセットで用いられ、「明確で紛れようがない」といった意味で用いられます。 さらに有馬総長は、芸術創造におけるデオニュソス的情熱の重要性はじゅうぶん認めながらも、学問においては論理的な態度を重んじるアポロン的理性が不可欠であると説いていますが、これはニーチェが『悲劇の誕生』で提示した二項対立の図式を踏まえたものです。有馬朗人は俳人としても著名でしたが、その式辞にはこのように西欧思想への暗黙の参照が随所にちりばめられていて、教養の幅広さと深さを垣間見ることができます。
石井洋二郎(いしいようじろう)1951(昭和26)年東京都生まれ。専門はフランス文学・思想。東京大学教養学部長、副学長などを務める。東京大学名誉教授。『ロートレアモン 越境と創造』など著書多数。2015年に教養学部の学位記伝達式で読んだ式辞が大きな話題になった。 デイリー新潮編集部
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