『海に眠るダイヤモンド』を支えた杉咲花の功績 控えめでありながら存在感を放つ芝居力
杉咲花にしかできない、控えめなのに“深み”を感じさせる芝居
本作がここまで多くの視聴者の興味を惹き続けてこれたのは、物語そのものももちろんだが、やはり俳優陣の演技に対するものが大きいのではないかと思う。杉咲の演技は朝子の心の内のすべてをストレートに発することなく、つねに含みを持たせている。だから私たちは彼女の言葉や一挙一動が気にかかる。つまりそうして、目が離せなくなっているわけだ。朝子のキャラクターに杉咲が歩み寄り、深く理解し、感情表現の大小といったバランスを丁寧に取っているのだろう。 本作の主人公は鉄平/玲央だが、登場人物の一人ひとりに「物語」がある。劇中で描かれるのはそれぞれにとっての“現在”だが、その前には“過去”があり、その先には“未来”がある。やがて朝子の“未来”は、いづみ(宮本信子)の“現在”に接続することとなる。 最終回で私たちは、朝子といづみとを繋ぐ一本の線(=物語)に触れることになるのだろう。そこには大きく激しい時間の流れがある。昭和の端島で生きていた朝子は、どのようにして令和の東京で生きるいづみへとなったのか。いまのところまだ、私はいち視聴者として両者をうまく結びつけられないでいる。杉咲が表現しなければならないのは、この大いなる変化だろう。 2時間スペシャルとはいえ、時間はかぎられている。朝子の人生をいづみの人生へとどう繋げてみせるのか。杉咲花の控えめだが深みのあるパフォーマンスの質感は、その繊細さを保ったまま、大胆に変わってくるかもしれない。
折田侑駿