草笛光子×真矢ミキ 年齢との向き合い方を語る「90歳になると、もっともっと楽になっていくものなんでしょうか」「楽もへったくれもないわよ」
草笛光子さんが、作家・佐藤愛子さんの10年前を演じる――。 長く愛されるエッセイ集『九十歳。何がめでたい』が映画化、6月21日に公開されます。 佐藤さんのご自宅を見事に再現したセットで繰り広げられる女三世代のやりとりは、見どころのひとつ。 《母》を温かく見守る真矢ミキさんの眼差しが、映画でも、この対談でも感じられます (構成:篠藤ゆり 撮影:天日恵美子) 【写真】「本音を言うと、今回の現場はまだ続けたかったくらい」と話していた草笛さんと真矢さん * * * * * * * ◆草笛さんに懐かしさを感じる理由 真矢 私、今年1月に還暦を迎えたんです。そうしたら、年齢にあらがう感覚がすっと消えて、すごく楽になりました。90歳になると、もっともっと楽になっていくものなんでしょうか。 草笛 楽もへったくれもないわよ。毎日、心の中で「大変ですねえ」と自分に言っている。だいたい、90歳という年齢を生きるのははじめてだもの。『九十歳。何がめでたい』も、佐藤さんと私以外、誰も90歳の気持ちなんて知らないで撮る映画なんだから、大変よ。 真矢 そうですよね。 草笛 まあ、何をやっても許されるのが90歳かな(笑)。そういう意味では楽かもしれないわね。私も80代の頃は、「90になったらどうしよう」と思っていました。昨年、とうとう90になって、「90歳ですね」と人から言われるとちょっとイヤだなと思ったりもしました。 真矢 やっぱりイヤですか。 草笛 だって、この先まだ仕事はできるかしら、とかさ。 真矢 草笛さんは、十分すぎるほどお元気だから。 草笛 それは親が丈夫に産んでくれたおかげね。感謝しないと。母は17の時、私を産んだの。子どもが子どもを産んだと言われるくらい、若かった。それでお姑さんにうんと怒られながら私たちきょうだいを育てたのよ。だから私、母にはワガママが言えなかった。
真矢 そういえば草笛さん、横浜出身ですよね。 草笛 「ハマのミツコ」よ。(笑) 真矢 6年ほど前に亡くなった私の母も、ハマっ子でした。横浜の元町あたりで育った、いわゆるお嬢様学校を出たような人で。ちょっと気質が草笛さんと似ているのと、生きていれば92ぐらいなので、よけいに草笛さんに「お母さん」を感じたのかもしれません。 草笛 そうだったのね。戦後、本牧のあたりは広大な敷地が接収されて米軍用の住宅になったでしょう。フェンスの向こうで外国人の子どもが遊んでいるけど、私たちはそこには入れない。それが悔しかったことも覚えてますね。 真矢 海外の文化が入ってくる場所ですし、横浜の人には港町特有のオープンさがありますよね。私の母はおっとりした人でしたけど、「私、やったげる!」みたいな世話好きなところもあって。 草笛 親切が、さらっとしてるのよね。 真矢 芸事が好きだった母は、いつか娘が生まれたらSKDか宝塚を受けさせたいわ、なんて語る女学生だったらしいです。元町の話もよくしてくれました。洒落てるのよって。 草笛 元町は私の遊び場でした。 真矢 それじゃあ、きっとどこかで母とすれ違っていますね! 草笛さんに感じる懐かしさの正体が、ようやくわかったような気がします。
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