パリス・ヒルトンを再考 Y2Kの「おバカタレント」が2020年代の必修科目となった理由
パリス・ヒルトン(Paris Hilton)が約20年ぶりのニュー・アルバム『Infinite Icon』をリリースした。名声、女性のエンパワーメント、メンタルヘルス、そして母性をテーマに掲げる本作は、シーア、メーガン・トレイナー、リナ・サワヤマなどの参加も話題となっている。パリス・ヒルトンの再評価が進む理由をライター・辰巳JUNKに解説してもらった。 【動画】パリス・ヒルトンが虐待経験を語ったドキュメンタリー映像 * 「パリス・ヒルトンの「Stars Are Blind」は、まさにポップの天才。史上一番好きな曲のひとつ」(チャーリーXCX) Y2Kブームによって、もっとも再評価されたポップソングこそ、パリス・ヒルトン「Stars Are Blind」だろう。2006年当時、「おバカタレント」によって甘ったるい声で歌われたレゲエ調のラブソングは、軽薄と見なされつつ、当時のバブリーな享楽主義やセレブ崇拝、ある種の虚構を見事に体現していた。 このキッチュなポップネスに着目したのが、ポップ界のフィクサーことチャーリーXCXだった。2010年代前半、パリスその人をテーマにしたアルバムまで制作しようとしていた彼女が盟友の故SOPHIEとつくった「Vroom Vroom」はハイパーポップ・ジャンルの礎となり、Y2K音楽ブームが切り拓かれた。こうして、2020年代に「Stars Are Blind」はポップカルチャーの必修作品の地位につくことになり、オリヴィア・ロドリゴやキム・ペトラスらに歌われていった。 そんなパリス・ヒルトン約20年ぶりのアルバムこそ『Infinite Icon』だ。デビュー作から結構な変貌を遂げた本作を読み解くには、まず、アルバムの下地となっているアーティストの複雑な人生を追うべきだろう。 「『Infinite Icon』、無限のアイコンとは、萎縮せず、自分でありつづけ、人々に変化をもたらす存在です。輝きや歓びを与え、すべての振る舞いが象徴的な人物」(パリス・ヒルトン) 現在43歳のパリス・ヒルトンを一言で紹介するのは難しい。ヒルトン・ホテル一族の令嬢であり、リアリティショースター、実業家、インフルエンサーの始祖、DJ、政治活動家、そしてポップアーティスト。肩書きだけでこれだけあるのだから、アルバム題のとおり「無限のアイコン」と言ってしまったほうが早いかもしれない。 パリス・ヒルトンが有名になったのは2000年代前半。育ちこそカリフォルニアだが、ニューヨークのナイトクラブのイットガールとして評判になり、2003年にはじまったリアリティショー『シンプル・ライフ』で人気が爆発した。お嬢様が庶民の仕事を体験する番組中、パリスが演じたキャラは、マリリン・モンローのようにセクシーな「おバカ」ブロンド。ベーコンをアイロンで焼こうとするなど、突飛な行動で話題をつくっていった。 「自分が現代のセレブリティの原型になったことを誇りにしています。ファッション、メディア、ビジネス、ポップカルチャーを融合させ、強力な個人ブランドを確立することで、デジタル時代の名声を再定義しました」(パリス・ヒルトン) ゴシップやファッション面でも注目を集めていったパリスは、Y2Kカルチャーのアイコン兼ビジネスウーマンとなった。「おバカ」像は、高い声色ふくめて演技だったというが、それを演じきることによって、香水や衣類を販売する収益40億ドル規模のビジネス帝国を築きあげたのだ。当時こそ、芸能人なのに秀でた才能がないと見下げられる向きが強かったが、キャラクターを生かしたマルチな活躍は、のちのSNS時代に確立されたインフルエンサービジネスの基盤と言える。 「アルバム『Paris』で徹底的に表現されたものは、愉しみ、夜遊び、セクシーであること。たぶん、当時の私そのもの」(パリス・ヒルトン) 全盛期にリリースされたデビューアルバム『Paris』は、キャラクターとしてのパリス・ヒルトンの集大成と言える。2000年代らしいポップロックやヒップホップのバイブをまとったきらびやかなクラブミュージックで、ある種、本格的なプロの歌手には再現できない享楽の魅力に満ちている。