『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:やり切った(愛工大名電高・蒲地陽汰)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」 試合を思い出すキャプテンの表情は、とにかく明るかった。ほとんど見え掛けていた勝利が目前ですり抜けていったにもかかわらず、カラッとした笑顔と軽快な言葉で報道陣を笑わせてくれる。そんな姿を見ていて、思った。「ああ、やり切ったんだな」と。 【写真】「美しすぎ」「めっちゃ可愛い」柴崎岳の妻・真野恵里菜さんがプライベートショット披露 「前育は優勝候補だと思っているので、本当に優勝してほしいですし、『あの前育をPKまで追い込んだんだぞ』って自慢したいので、頑張ってほしいです。前育の優勝インタビューで一番苦しかった相手という質問で『愛工大名電』の名前が出るか、楽しみにしています(笑)。それぐらい後悔なくやり切れました!」 プレミアリーグ所属のタイガー軍団をあと一歩まで追い詰めた、愛工大名電高(愛知)の絶対的な中心軸。DF蒲地陽汰(3年=刈谷81FC出身)はこの選手権を、3年間の高校サッカーを、しっかりやり切ったのだ。 「前育さんはスカウティング以上に、上手くて、強くて、速かったです。前半は『これ、どうやったら勝てるんやろな……』と、ちょっと下向きになったところもありました」。 蒲地は劣勢を強いられた最初の40分間をそう振り返る。強豪の前橋育英高(群馬)と激突した2回戦。勝利を信じ、意気込んで試合に入ったものの、相手のパスワークと個人技に翻弄され、2失点を献上。愛工大名電は1本のシュートも打つことなく、小さくないビハインドを負ってしまう。 迎えたハーフタイム。宮口典久監督から檄が飛ぶ。「失点シーンを見ても『その前で取り切れたよね』という話もありましたし、特にサイドのスローインのところは『何で厳しくいけないんだ』という厳しめの言葉をもらいましたね。『やってきたことを出せばいいんだ。そこのチャレンジを見たいんだ』と宮口先生がハーフタイムに言ってくれました」と蒲地。チームはもう一度自分たちのやるべきことを見つめ直し、後半のピッチへ飛び出していく。 「3失点目をしたら厳しいことはみんなわかっていたので、前の選手が決めてくれると信じていましたし、決めるまでは何とか耐えないといけないと思っていました」。そう話す蒲地とDF新谷春陽(3年)のセンターバックコンビに、右のDF山崎瑛太(2年)、左のDF中根陽向(1年)の両サイドバックを加えた4バックは、集中力高く前橋育英のアタックに対応。際どい枠内シュートもGK水谷準乃右(3年)が弾き出し、何とか2点差をキープし続ける。 後半21分。セットプレーから途中出場のFW岩間丈一郎(3年)が1点を返すと、会場全体の空気感が変わる。「前育は吹奏楽があるにもかかわらず、スタンドの名電の応援席の方々が声だけで会場全体を巻き込んでくれて、本当に感謝しかないです」(蒲地)。声援に後押しされた愛工大名電の選手たちに、スイッチが入る。 蒲地が特に印象深かったのは、双子の弟・MF蒲地壮汰(3年)に注がれる声援の数々だったという。「僕が一番嬉しかったのは壮汰がボールを持った時の雰囲気で、『何かやってくれるんじゃないかな』と会場が思ってくれていることを感じたんです。僕たちも『もう壮汰、お願い!』って感じでしたし(笑)、期待以上のプレーを毎試合出してくれたので、本当に手に負えないですね。最高の弟です」。 後半40+1分。FW水野桜介(3年)がPKを獲得。土壇場で同点に追い付く絶好のチャンスがやってきた。蒲地もペナルティスポットに向かったが、そこで“弟”の確固たる決意がよくわかったという。 「毎回PKは僕が気持ちだけは蹴りに行くつもりで、スルスルとPKスポットに行くんですけど(笑)、壮汰の隣に行ったら『任せろ』と言われたので、『ああ、もうこれは決めるな』と。あの言葉を聞いて、『アイツならやってくれるな』と思いました」。有言実行。“弟”はGKの逆を突いて、冷静にPKを決め切る。2-2。試合はPK戦へと突入していく。 後半終了間際に投入された“PKキーパー”のGK相原諒(2年)は、前橋育英の1人目と3人目をともに完璧なセーブでストップ。チームは大きな勇気を得る。愛工大名電も3人目の壮汰、4人目の陽汰を含めて次々と成功。だが、決めれば勝利が決まる5人目のキッカーが蹴り込んだ軌道は、枠を外れてしまう。 決着は8人目で付いた。中根が蹴った渾身のキックは、相手GKに弾かれる。「僕は全然後悔していないです。陽向が一番苦しいところで蹴ってくれたことに感謝の気持ちでいっぱいですし、選手権に入ってから陽向がスタメンに入って、スタメンから外れた(野波)伸真の想いも背負ってくれたと思いますけど、僕が隣にいたのに3年生の想いを背負わせ過ぎてしまったのかなと思います」。蒲地は涙に暮れる1年生に優しく感謝の言葉を掛ける。愛工大名電が続けてきた冬の冒険は、大みそかの2回戦でその行く手を阻まれることになった。 「最高の試合だったと思います」。 試合後の取材エリアに現れた蒲地は、そう言い切った。もちろん悔しくないはずがない。それでも自分の中には確かな充実感と、周囲への強い感謝の念が、同時に湧き上がっていた。 「もちろんあれだけ次が見えた中で負けたことは本当に悔しいですし、まだできると勝手に思ってしまっていたので、そこは心にぽっかりと穴が空いてしまっている部分もあるんですけど、前育から2点獲ったことで、少しでも良い印象を与えられたかなと。名電の名を広める意味でも、少しは抵抗できたかなと思っています」。 高校に入学してからずっと目指し続け、3年目でとうとう初めて出場した選手権は、やはり最高の舞台だった。 「気持ちはいつもと一緒で入るんですけど、やっぱり勝手に乗らされるというか、入場の時とかちょっと『自分、プロになったんかな』と思うぐらいで(笑)、他の大会とはすべてが違いましたし、事前合宿から1週間近く家を離れて、30人の仲間とサッカーだけをやるという特別な時間で、それが1年の最後にこういう形で現れて、本当に楽しかったです」。 最後のPKキッカーになり、責任を背負い込む格好になってしまった中根に対しても、キャプテンは温かい視線を向ける。 「陽向はなかなか事前合宿でもPKが入らなかったんですけど、いつもは“枠外”の陽向が、今日は枠に入れてくれたので(笑)、感謝の気持ちでいっぱいですし、『来年はここにまた戻ってきて、オマエがPKを蹴るんだよ』という話はしました」。 試合中から笑顔が印象的だった。相手にゴールを奪われた時にも、チームメイトがゴールを決めた時にも、そして、自身がPK戦でキックを成功させた時にも、蒲地は笑顔を浮かべていた。 「もうやれることは全部やったつもりでしたし、逆にそれで点を獲られたなら切り替えないとズルズル行ってしまうと思ったので、笑顔で最後までやることは意識しましたね。そこで僕がブレたらダメだと思っていましたし、そこは最後までやり切れたかなと思います」。 チームを率いる宮口監督も、今大会の愛工大名電が予選から積み上げてきた成果について、小さくない手応えを感じていたことが、その言葉から伝わってくる。 「前橋育英の彼らは寮生活を送っていて、プレミアに所属していて、今後の進路もサッカーを中心に考えられているはずで、すべてにおいて向こうの方が準備ができていると思うんですよね。それに対して我々はみんな愛知県内の子で、家からの“通い”で、それでもどこまで行けるかを今日は試せたと思いますし、じゃあ次はどうするのといったところが我々の次の課題ですけど、愛知県の力もそんなに全国レベルと遠くないということも示せたのかなと」。 「去年の名古屋高校さんもそうでしたけど、プレミア相手でもここまで戦えるということが愛知県の選手たちの自信にもなると思いますし、これで中学生もみんな愛知県に残って戦ってくれればいいかなと思います。今大会はウチにとって大きな一歩でした。1勝という高い壁も超えましたし、早い段階で本物のチームと戦えたというのも大きな財産ですし、これが1,2年生の力になっていくといいなと思います」。 取材時間も終わりに差し掛かったころ。その話術で報道陣を楽しませてくれたキャプテンが、最後にとっておきのエピソードを明かしてくれた。 「宮口先生から昨日の練習の時に『歴史は1つずつじゃなくていいんじゃないか』って、『行けるところまで行ければ、それがオマエらの歴史だよ』という言葉をもらったんです。いろいろなSNSを観ても、『前育だ、前育だ』と書いてあって、『そんなんわかってるよ。誰がどう見ても勝つのは前育やろ』と僕も思ったんですけど(笑)、今日の帰りのバスでSNSを見るのを楽しみにしています。『やっぱり、前育だ』は、今日は許容します(笑)」 わざわざSNSをチェックするまでもなく、この日の奮闘を見れば、みんながその力を認めていることは間違いない。新たな歴史を逞しく切り拓き、見るものに小さくないインパクトを残した愛工大名電と、キャプテンとしてチームをしなやかに束ねながら、笑顔で「やり切った」と言い切れる蒲地陽汰の素敵な人間性に、心から大きな拍手を送りたい。 ■執筆者紹介: 土屋雅史 「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』