トランプ氏の“東南アジア軽視”に警戒感 1期目に米中対立のあおり
「米国第一」を掲げるトランプ前大統領が返り咲きを決め、政権1期目に先鋭化した米中対立のあおりを受けた東南アジア諸国は警戒感を持って動向を注視している。トランプ氏には東南アジアを軽視している印象が根強くあり、再び中国との貿易戦争や安全保障上の駆け引きの舞台として利用されるのではという懸念がくすぶる。 スマートフォンを手にしたインドネシアのプラボウォ大統領がトランプ氏に「どこでもお祝いに駆けつけたい」と興奮気味に話す様子が11日、X(ツイッター)に投稿された。トランプ氏の返答は当たり障りのない内容で、3分ほどのやり取りは2人の温度差を如実に表していた。 プラボウォ氏は10月20日に大統領に就任。今月9日、最初の外遊先に選んだ中国で習近平国家主席と会談した。その後、米国に向かってバイデン大統領と会い、どちらの陣営にもくみしない「全方位外交」を展開した。プラボウォ氏は訪米中にトランプ氏との面会も希望したとみられるが、まずは電話でのやり取りとなった。 ◇ASEAN会合に出なかったトランプ氏 5日投開票された米大統領選でトランプ氏が勝利宣言をすると、東南アジアからはまずフィリピンのマルコス大統領が歓迎の声明を出した。中国と領有権を争う南シナ海問題を抱え、同盟国の米国との連携がこれまで以上に重要になっている。いち早い対応には、かつてトランプ氏とドゥテルテ前大統領との間で両国関係が冷え込んだことを払拭(ふっしょく)したいという思いがにじんでいた。 米比関係はドゥテルテ氏が2020年に比国内で米軍の活動を可能にする「訪問軍地位協定」の破棄を通告(後に撤回)したことで悪化。22年6月に就任したマルコス氏は対中関係を重視したドゥテルテ政権から一転、南シナ海問題にも強硬な姿勢で臨み、インド太平洋の安全保障強化を進めるバイデン政権のもとで米国との関係改善に努めてきた。 マルコス氏は次期政権にも連携を期待するが、トランプ氏の「自国優先」が両国関係に影を落とす可能性がある。前回の在任中は一度も東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の関連会合に出席せず、東南アジア軽視を印象づけた。南シナ海問題でも、米中対立が激化するまでは中国から北朝鮮対応や貿易不均衡の是正などで協力を得る必要から問題提起を避けていた経緯がある。 フィリピンのシンクタンク「ストラトベースADR研究所」のビクター・マンヒット代表は「日本やオーストラリアなど同様の価値観を共有する国との連携をより強化し、防衛上、米国だけに依存しないあり方が求められる」と話した。 ◇「サプライチェーンを取り戻す」 一方、東南アジア地域は政権1期目の米中対立で、中国からの製品供給網(サプライチェーン)の分散先として製造拠点の移転が相次ぎ、漁夫の利を得た。中国製品への高い関税を避ける迂回(うかい)路としてベトナムなどが選ばれ、これらの国に外国からの投資や雇用創出をもたらした。今やベトナムは、韓国のサムスン電子や米アップルなどの一大生産拠点となり、貿易が国内経済をけん引する。 ただ、トランプ氏は今回の大統領選で「サプライチェーンを取り戻す」と訴え、保護主義政策をエスカレートさせようとしている。中国からの輸入品に一律60%、他の国にも10~20%の関税を課すと表明。ベトナムの23年の対米貿易黒字額は約1000億ドル(約15兆円)にのぼり、不均衡を嫌うトランプ氏の標的になる可能性がある。 ベトナムのトー・ラム共産党書記長は11日にトランプ氏と電話協議し、貿易や投資の協力について意見を交わしたとされるが、楽観はできない。ベトナムの経済安全保障が専門のチャン・ティ・モン・トゥエン氏は「2期目に懲罰的措置が取られる可能性が高まっている。特に黒字額が伸びている繊維製品や電子機械はトランプ氏の保護主義政策のターゲットになりかねない」と指摘する。【バンコク石山絵歩、武内彩】