外島保養院の跡地にたたずむ石碑（17日、大阪市西淀川区で）＝前田尚紀撮影

　90年前の9月21日に関西に大きな被害をもたらした室戸台風で、大阪市臨海部の海抜ゼロメートル地帯にあったハンセン病療養所「外島（そとじま）保養院」の入所者ら196人が死亡した。反対運動により、内陸部への移転を断念した中で起きた悲劇を風化させまいと、療養所関係者らが活動を続けている。27日、跡地に立つ石碑の前で追悼式典が行われる。（上万俊弥）

5メートルの高潮

　保養院は1909年（明治42年）、国の隔離政策に基づき、現在の大阪市西淀川区の神崎川河口に建設された。当時は治水が不十分な海抜ゼロメートルの中州で、周囲に民家はなかったという。近畿、北陸2府10県のハンセン病患者が収容され、入所者は塀と土手に囲まれて生活した。

　1926年、現在の堺市南区への移転が決まったが、「郷土が汚れる」とのビラがまかれるなど激しい反対運動が起こり、計画は撤回された。34年9月21日朝、室戸台風が直撃し、濁流が保養院をのみ込んだ。入所者597人のうち173人が死亡。職員やその家族ら23人も犠牲となった。

　生存者らが残した記録によると、職員が院外への門を開けることをためらう中、若い入所者が塀を壊し、次々に土手に避難したが、多くが逃げ遅れた。入所者の手を引いて何度も施設と土手を往復するうちに水にのまれた看護師もいた。高潮は5メートルに達したという。

　保養院は、府内での移転計画が再び頓挫。38年、現在の岡山県瀬戸内市の長島に移転し、国立療養所「邑久（おく）光明園」となった。

90年前の「人災」

　「反対運動で、災害に弱い土地に居続けることを余儀なくされた。差別と偏見による人災だ」。邑久光明園入所者自治会長の屋（おく）猛司さん（82）はそう強調する。

　2018年に最後の保養院出身者が亡くなり、同園で室戸台風による悲劇を直接知る人はいなくなった。親類らに差別が及ぶのを恐れ、多くが本名を明かすことはなかった。遺骨はほとんど引き取られず、園内の納骨堂に眠る。