柚木麻子×明日菜子×綿貫大介の令和ドラマ座談会(前編)
映画ナタリーでは、放送・配信中のドラマについて取り上げるコラム連載「ナタリードラマ倶楽部」が2023年秋にスタート。1年にわたり、クールごとに注目作品を語る座談会企画や、ドラマ内のキャラクターを掘り下げるレビュー企画などを展開してきた。 【画像】柚木麻子が“好きな令和ドラマ”に挙げた「ルパンの娘」、主演は深田恭子 今回は「ナタリードラマ倶楽部」の1周年記念として、大のドラマ好きとして知られる小説家・柚木麻子をゲストに迎え、本連載おなじみのドラマウォッチャー、明日菜子・綿貫大介とともに“令和ドラマ”を語る座談会をセッティング。前編では、現在放送中の秋ドラマの注目作品や、ついに現れた女性版「孤独のグルメ」こと「ソロ活女子のススメ」の魅力、筒井真理子や小林薫など物語に“ワクワク”を与える俳優陣についてトークしている。 取材・文 / 脇菜々香・尾崎南 撮影 / 間庭裕基 ■ 参加者プロフィール □ 柚木麻子(ユズキアサコ) 1981年8月2日生まれ、東京都出身。2008年に「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞。2010年に同作を含む初の単行本「終点のあの子」を発表した。著書として「ランチのアッコちゃん」「伊藤くん A to E」「ナイルパーチの女子会」「BUTTER」「らんたん」など。ドラマ好きとしても知られ、「anan」での連載を書籍化した「柚木麻子のドラマななめ読み!」がフィルムアート社から発売中。なお、柚木の同名小説をのん主演、堤幸彦監督で映画化した「私にふさわしいホテル」が12月27日に全国で公開。同じく柚木の「早稲女、女、男」を原作に、橋本愛主演、矢崎仁司監督で映画化した「早乙女カナコの場合は」が2025年3月に公開される。 □ 明日菜子(アスナコ) 毎クール20本以上のドラマを鑑賞しているドラマウォッチャー。 □ 綿貫大介(ワタヌキダイスケ) エンタメを中心としたカルチャー分野で活動する編集者・ライター・テレビっ子。 ■ 「ギャルサー」、BeeTV…私が話さなくて誰が話す!? ──今回は2023年秋に始まったコラム「ナタリードラマ倶楽部」の1周年企画として、本連載でおなじみのドラマウォッチャー・明日菜子さんと綿貫大介さんが大ファンだという作家の柚木麻子さんをゲストにお呼びしました。 明日菜子・綿貫大介 うれしい! ──ちなみに、柚木さんのピンクのお召しものは? 柚木麻子 ドラマ「ロッカーのハナコさん」(2002年)のともさかりえさん(演じる北浦華子)をイメージして着てきました。 綿貫 かわいい!! さすが「ともさ会」(※)会長!! ※柚木が友人たちと開催している、ともさかりえについて情報共有をする会合 明日菜子 うわー! 私も何か考えてくればよかった……。 柚木 ハナコさんはジャケットに袖を通すんじゃなくて、肩に掛けるんです! ──素敵な写真も撮影できたところで、今日はお三方に令和のドラマについて語っていただこうと思っています。まず現在放送中の、2024年秋クールドラマは何をご覧になっていますか? 柚木 私はやっぱり今、朝ドラ「おむすび」のことを話したい! けなさないでほしい! 明日菜子 めっちゃわかります! 世間の風当たりが厳しすぎると思う。 柚木 「おむすび」は別にバックラッシュじゃないんですよ。「せっかく進んだ価値観を戻してるよね」って言われてるとしたら、それは違う。「おむすび」はそんなことしてない。主人公のギャル設定に関しては、もっと主体的なものではないの?みたいな思いはちょっとありました。でもいいんです、あのギャルは最初そうだったっていうだけで。 綿貫 確かにハギャレン(博多ギャル連合)のメンバーみたいに歩(仲里依紗)に憧れてギャルになるとかだとわかりやすいけど、結(橋本環奈)は最初、強制的にギャルやらされてましたもんね。でもこの物語は結たち米田家固有の話だから。 ※編集部注:主人公・結の姉である歩は、かつてギャル軍団・ハギャレンを率いた元カリスマギャル。初めは“歩の妹”というだけでハギャレンに加入させられた結だったが、やがて自らの意思でギャルになっていく 柚木 あと、私が大好きな元アンジュルムのめいめい(田村芽実)にあゆ(浜崎あゆみ)を歌わせていたのが最高でした! 綿貫 めいめいは「おむすび」メンバーが多数出演した「わが心の大阪メロディー」で、欧陽菲菲の「雨の御堂筋」も歌っていましたよね。 柚木 ほかには、「若草物語―恋する姉妹と恋せぬ私―」は全力で擁護したい。 明日菜子 私は綿貫さんとの座談会のとき、辛口評価で話していました。主人公たちが立ち向かう問題がすでにどこかで語られているもののように感じてしまって。 柚木 いや、言ってることはわかります。でも、原作の「若草物語」はそもそもお金の話なんです。原作者のルイーザ・メイ・オルコットは姉妹を養うために作風をガラッと変えて売れた人。同じく「若草物語」をベースにした「シスターズ」(2022年)っていう韓国ドラマがあるんですが、そっちはもっと金と陰謀と横領と殺人の話で、ベスもいないんですよ。「若草物語」は1860年代の経済問題の話であって、経済の話を現代でやろうと思ったら、やはりハラスメントを許すわけにはいけないし、非正規雇用問題もやらなきゃいけないし、家庭による体験格差を書かなきゃいけないから、どうしても幸せな話になり得ない。おそらく「若草物語―恋する姉妹と恋せぬ私―」の脚本を書いている松島瑠璃子さんは、すごく律儀に今の話に落とし込もうとしたんだろうなと思います。 綿貫 今やっと声が上がってきた問題にとにかく全部触れていますよね。それはすごい。 柚木 特に長女の恵(仁村紗和)と同じハローワークで非正規職員として働く佐倉治子(酒井若菜)の、“40代のおとなしい女性で、セクハラを受けている”という設定は今までになかった。 明日菜子 確かに……! 柚木 彼女のような境遇の女性がセクハラを受けていることを周りに言っても、「40代がセクハラを受けるわけない」って一蹴される時期もありましたからね。 綿貫 佐倉役の酒井若菜さん、今期は3本(※)もドラマに出てるんですよ。ありがとう! ※編集部注:「おむすび」では佐野勇斗演じる四ツ木翔也の母・幸子役、「スメルズ ライク グリーン スピリット」(放送終了)では主人公の母親・三島香葉役で出演 柚木 「おむすび」もいい役だからうれしい。批評家の人達っていうのはすごいクリティカルに「これは優れてて、これは優れてない」と言うのが仕事だけど、私は意地と情の人間なので。ギャル文化が盛り上がったときは「『ギャルサー』(2006年)の話は私がしなくて誰がする!?」とか、小池栄子さんが「鎌倉殿の13人」(2022年)に出られているときは「BeeTVの『エセ肉食女の恋愛事情』(2011年)のことを覚えてますか?」とか、私が言わないと誰も言わないんじゃないの?……っていうのを「柚木麻子のドラマななめ読み!」に書いています。 ■ 「人生が楽しくなる幸せの法則」の文字を令和6年に目にするとは ──柚木さんがドラマについてつづった著書「柚木麻子のドラマななめ読み!」は、雑誌ananで2014年から続く連載をまとめたものですが、この執筆も“私が言わなければ”が1つのテーマだったんですね。 柚木 誰にも頼まれていないことこそ、今推すべきことなんです。そういうのを1人でずっとしゃべってても誰も乗ってくれないけど、これが作家のいいところで、文字にすると意外なところに届く。私もそのドラマ観てたよ!みたいな人が稀に現れるんですよね。 明日菜子 柚木さんの本で「人生が楽しくなる幸せの法則」(2019年)というドラマのタイトルが出てきて、令和6年に目にするとは思ってなかったので驚いたんです。周りに話せる人がいないと思っていたから。 柚木 観てたんですか!? どう思いました? 明日菜子 しっちゃかめっちゃかですよね(笑)。山崎ケイ(相席スタート)さんのエッセイ「ちょうどいいブスのススメ」が原作なんですが、ちょうどいいブスというフレーズが炎上して、タイトルを変更したんですよね。けど蓋を開けてみたら、内容もフレーズもそのままっていう。最終回では、道場破りの鬼越トマホーク・良ちゃんと夏菜さん演じる主人公が、公民館の使用権をかけてオセロ対決をする狂気的なドラマでした。 柚木 あのドラマ、決していいお話ではないんですけど、夏菜さんという私がとても買っている俳優ががんばっていた。高橋メアリージュンさんも素晴らしかったし、彼女たちの上司を演じた伊藤修子さんも非常にお上手。あと佐野ひなこさんが“すべてを持ってる女の子の悲壮”みたいなものを表現しているところもよかったです。ただ、山崎さんが受けてきたことは軽口じゃなくて深刻な加害だったのではないか? それに適応しようとしてあれが生まれたのではないか?みたいなことが浮かび上がってくる。こういう、絶対に嫌な思いをするとわかっている作品でも、観ておかなきゃいけないものはありますよね。 綿貫 私はもともとananの不定期連載を毎回超楽しみに読んでいたので、「よくぞ1冊にまとめてくれた!」というのが一番の感想です。 柚木 読んでくれているのはうれしいです。楽しみにしてくれているのは綿貫さんと山内マリコと酒井順子さんぐらい(笑)。 綿貫 そんなことないですよ! 今やっているドラマに過去作品を紐付けて書いてくれてるから、本当に面白い。 ※山崎ケイの崎は立つ崎(たつさき)が正式表記 ■ 「ソロ活女子のススメ」こそ女性版「孤独のグルメ」 ──ここからは、好きな令和のドラマについてお話しいただきます。2019年4月期からのドラマリストをご用意しました。 柚木 私が語るべきドラマを見つけました……「ルパンの娘」(2019年・2020年)です! 特にシーズン1が最高。映画まで観ちゃった! 明日菜子 わかります! 私はシーズン2が好きです。 柚木 「ルパンの娘」は日本にあるリソースを集結させて作ったとても優れた作品です。衣装も素晴らしかったし、深キョン(主演の深田恭子)の二面性もすごくいい。小沢真珠さんやどんぐりさんなどのレギュラーキャスト、ゲストの使い方、そしてしゃべらないお兄ちゃんも印象に残っています。 明日菜子 栗原類さんが演じた引きこもりハッカー・三雲渉ですね。 綿貫 深キョンの泥棒役は映画「ヤッターマン」(2009年)のドロンジョ役のイメージもあり、ハマり役でした。令和であれを更新してくるとは……! 柚木 2000年代、予算のない中でコメディを作るには楽屋オチみたいにしちゃうこともありましたが、その中でプロ意識を持って仕上げたのが素晴らしい。社会現象まではいかなかったにせよ、好きな人はすごく好きという人気作だったと思います。私はスカイツリーのところにある「テレビ局公式ショップ ~ツリービレッジ~」で「ルパンの娘」のグッズをいろいろ買いました。 綿貫 私もあそこ、よく行きます! 今年は「ブラッシュアップライフ」(2023年)のポップアップストアも期間限定で入って、ドラマの小物とかも展示されてた。 明日菜子 キー局のドラマグッズが集まってるドラマ好きにはたまらないスポットですよね。 柚木 ほかのジャンルで言うと、2010年代にたくさん作られた深夜帯の飯テロドラマ。その中でも一番の成功は「孤独のグルメ」(2012年~)ですよね。そこで、女性版の「孤独のグルメ」枠を狙ってありとあらゆる人たちが試合を繰り広げてきて、どれも面白かったんですが、いわゆる「かわいい」に表現が留まっていたんです。じゃあどの女も松重豊にはなれないのかと思ったら、飯テロではないんですが、江口のりこさんの「ソロ活女子のススメ」シリーズ(2021年~)がシーズン4まで続いている。実質あれが女性版の「孤独のグルメ」だと思います。 柚木 この主人公は、おいしいものを食べたときに「おいしいー!」という顔をせず、ひたすら「楽しい。今本当に楽しい」って心の中で言うだけ。「花のズボラ飯」(2012年)など、今までの女性飯テロジャンルだったら声に出してたけど、江口さんは出さないし、会社に行っても「昨日こんなことがあった」とか言わない。全部モノローグで見せるのが1つの到達点だなと思いました。ドラマの数が増えて多様化も進む中で、数字が取れない・お金がかけられないのであれば、深夜帯に好きなことを小さいサイズでやる。そして、そこに若手ではなく江口のりこさんといったキャリアを重ねたうまい人を起用するようになったのは1つのいい傾向。テレビ局の良心を見たような気持ちになっているので、私はけっこう夜のドラマに注目しています。 ──深夜枠で、飯テロジャンル以外の気になる作品はありますか? 柚木 今飛ぶ鳥を落とす勢いの松本若菜さんが主演した復讐もののドラマ「復讐の未亡人」(2022年)。松本さん扮する鈴木密が復讐の鬼になるきっかけが、なんと平岡祐太さん演じる優しい夫なんです。パワハラなど悲惨な目にあって死んでしまうのですが、主人公の起爆剤になるようなこの人物を“ミスター男友達”の平岡祐太さんがやるようになったんだ!と時代の流れを感じました。あと、韓国の復讐ドラマだとあまり起こらないんですけど、日本では女性が年上の女性に復讐する構図だとかわいそうになってしまうことも多い。そんな中、「ブラックファミリア~新堂家の復讐~」(2023年)などにも出演した筒井真理子さんだけは、まったくかわいそうじゃない! “復讐される側”において、筒井さんは頭1つ抜けていますね。復讐されたときに、かわいそうな感じと、まったくかわいそうじゃない感じの2パターンやれるんですよ。 綿貫 筒井真理子さん、毒親役に関してもいろんなパターンを担ってくれていますよね。 柚木 そうそう。ほかにも、「若草物語―恋する姉妹と恋せぬ私―」での脚本家・大平かなえ役では、話している相手が誰であれ「もしかしたらこの人と恋仲になっちゃったりする?」と感じられるし、ものすごい悪いやつで全員裏切る可能性も浮かぶし、本当にいい人にも見えて。筒井さんは、(物語が)どこに行くかわからない面白さをもたらしてくれるというか、いい意味で不協和音を出すのでワクワクさせてくれる。今後もドラマで観られるのが楽しみです。 ■ たぶん日本初、“おっさん同士の友情がうまくいかない”ドラマ 柚木 「コタツがない家」(2023年)もすごい好きなドラマで、この作品での小林薫さん(主人公の父・山神達男)はいい人でも悪い人でもない。ただ、最後は同僚の男性の気を引くためだけに家用サウナを買ってしまうという……。女性同士の友情がうまくいかない話はけっこうやり尽くされているけど、おっさん同士の友情がうまくいかないっていうのは、たぶん日本のドラマで初めて観ました(笑)。今後増えていくといいなと思いましたね。 ──二面性があったり、“どっちに転ぶかわからない”キャラクターに惹かれるんですね。 柚木 そうですね。その流れで言うと、菜々緒さんってすごく損なタイプだと思うんです。二面性があまりないというか、特に「忍者に結婚は難しい」(2023年)では、忍者の正体がバレないように薬剤師をしながら夫婦生活を送っているけど、非凡な風貌によって“ただ者ではない“感が出ている。綾瀬はるかさんの「奥様は、取り扱い注意」(2017年)や深キョンの「ルパンの娘」みたいな、“普段は普通の女の子だけど”の部分を見出せないからこそ、今回の「無能の鷹」(2024年)でのギャップの使い方は非常にいいなと思いました。 ──「無能の鷹」は綿貫さんと明日菜子さんも面白いとおっしゃっていましたよね。 綿貫 菜々緒さんは「BG~身辺警護人」(2018年・2020年)などの堅い作品だと見た目通りすぎるけど、俳優デビュー作が「主に泣いています」(2012年)だったから、やっぱりコメディがハマってるなあと思って観ています。 柚木 令和のヒロインはちゃんと努力をするキャラクターが増えている中で、「無能の鷹」の“圧倒的バカ”というパターンは新しいですよね。 綿貫 私は令和のお仕事コメディドラマで言うと「これは経費で落ちません!」(2019年)も好きでした。 明日菜子 続編、ずっと待ち望んでます! 綿貫 それぞれのキャラが強くてちゃんと自分を持っている。主人公(多部未華子演じる森若沙名子)も、淡々としてるのに言うことはビシッと言うんですよね。ベッキーも最高だし。 柚木 ベッキーはいつだって最高! そうだ、じゃあ……みんな好きな「大病院占拠」(2023年)の話しよっか。 明日菜子 (笑)。「占拠」シリーズは、どんどんブラッシュアップしてると思います。 綿貫 「大病院占拠」が「新空港占拠」(2024年)になってもクオリティを保ちながら面白い展開を見せてくれたのはすごい! 柚木 (第2シリーズの舞台が)空港とは考えつかなかったよね! 「大病院占拠」で黒鬼のお面を外すときのベッキーさん、最高だったんですよ。「新空港占拠」のサーヤ(ラランド)さんもね。とにかくベッキーさんやサーヤさんを最高の形で出すフォーマットを考えただけでもいい! ほかにも、両作に登場した比嘉愛未さん演じるキャリア女性や、「大病院占拠」の筒井真理子さん扮する憎たらしい県知事、「新空港占拠」の黒沢あすかさん演じる経営者も魅力的だった。彼女も仕返しをされてもまるでかわいそうじゃない器がある。いろんな人材を発掘したいい作品だと思います。 令和ドラマのヒロイン・ヒーロー像や、柚木が愛してやまないドジっ子ヒロインの行く末について語った座談会後編は12月17日に公開予定!