尾崎世界観「ミュージシャンが、カリスマ“転売ヤー(転売屋)”にとらわれていく心裏を描いて。登場人物の名前が個性的な理由は…」
◆落ち込んだ時に「プロとしてやっている」と実感 歌詞も小説も自分から生まれる作品ですが、やっぱり違うものです。歌詞は、たとえ伝えたいことが全部言い切れていなくても、音に乗れば届いてしまうもので、そこに対する罪悪感もあります。まだちゃんと言いきれていないのに、伝わってしまっていると思うことがあるんですよね。でもだからこそ、言葉だけでは伝わりきらないものが、音を通して届く。一方で、小説を書く時は音がないので難しいですが、ミュージシャンだからこそ、そこにやりがいを感じています。 小説の題材は、誰かと話をしたり、何かを見たりした時、「なんかこの感じいいな」と思ったら、直接物語に影響がなさそうなものでも必ずメモして集めています。感情が動いたその波形というか、心に引っかかる何かは、きっといろいろなことに置きかえられると思うので。 ただ、歌でも小説でも、スランプに陥ることは必ずあります。プロとしてある一定のプレッシャーの中で活動していれば、失敗はつきものなんですよね。成功ばかりではなく、時にはミスすることも大事です。自分は、ある一定のプレッシャーの中で初めてミスをした時、「これでやっと一人前になった」と思いました。歌詞が飛んだり、演奏を間違えたり。落ち込んだ時にこそ「プロとしてやれているんだな」と実感します。 完璧なものを提供し続けられる、それができて当たり前だと期待される立場にあるからこそ、ミスを指摘される。そういう意味では、熱狂的なファンの方は何をしても「良い」と思ってくれるので、プロとしてステージに立っているはずなのに、急にアマチュアに引き戻される瞬間がある。そういったもどかしさも、この小説には書いています。だからといって、熱狂的になることを否定しているのではなく、そういう方々に助けられて今があるのを十分に理解した上で。
◆まだないものに興味がある もともと自分は不器用な人間なので、ずっと悔しい思いをしてきました。でも、「何かまだこの世にないものを作りたい」という気持ちは人一倍強くて。絵もうまく描けないんですが、子どもの頃、まわりがアニメのキャラクターを一生懸命練習している時に、自分はもしかしたら天才かもしれないと思って架空の何かを描いてみたり。やっぱり全然描けないんですけど(苦笑)。でもそういうふうに、まだこの世にないものにずっと興味がありました。だから、バンドを始めてからも、誰かの曲をコピーして演奏したことがないんです。 ただ技術がなくて上手くコピーできなかったのもありますが。コピーしたところで絶対本物と同じ音にはならないし、上手く演奏できたとしても、その人には絶対に勝てない。それなら、その時間を使って、完全なオリジナル曲を作ろうと思いました。 小説は、音楽活動が落ち着いて時間に余裕がある時に、スマートフォンか(デジタルメモの)ポメラで書くことが多いですね。書くこと自体、ストレスがたまる作業です。たとえばこうして取材をしていただいて、調子のいいことを口では言えますが、いざ書くとなるとやっぱり本当に難しい。インタビューを通して、声にしながら気づくことも多いんですが、いつも話すことと書くことの違いに打ちのめされています。 そして、8月31日に放送された、NHK Eテレ ハートネットTV『#8月31日の夜に。』に、昨年に続いてMCとして出演させていただきました。10代のみなさんの声を受け止められる貴重な機会なので、本当に勉強になります。悩みに答える時、声にして、言葉にしてみることで、自分自身の考えも変わってくるんですよね。切実な悩みを打ち明けてもらっているからこそ、こちらからもまた新たな気持ちが引き出される。自分でも考えたり言葉にしたりするきっかけをもらえるので、すごくありがたいです。 (構成=かわむらあみり)
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