【師走ひと模様】Xマス父の味再び 福島県いわき市の荒井丈さん 名物チキン記憶頼り35年ぶり
亡き父がクリスマス名物に育てたチキンを復活させる―。いわき市内郷綴町の会社員荒井丈(たけし)さん(49)は、35年前の舌の記憶を頼りに試作品を作る。父の遺影が飾られている仏間には、テーブルいっぱいに鶏肉の入った大きな段ボールが並ぶ。「解凍するのに4日かかる」「下味を付けてスチーム加工して…」。お披露目当日までの段取りに余念がない。地域住民に懐かしんでもらおうと、21日に子ども食堂で提供する。 ◇ ◇ 父弘さんは同市内郷御厩町で「荒井精肉店」を営んでいた。クリスマス限定商品「ヒナモモ」を用意し、店頭で販売。オートバイで各家庭に届けた。ひな鶏のモモ肉をネギとショウガ、しょうゆに漬け込んで揚げるシンプルで素朴な味わいは内郷地区のクリスマス料理として定着していた。 1989(平成元)年12月25日、弘さんはヒナモモを配達中に交通事故に遭い、大腿(だいたい)骨を折る重傷を負った。一人で切り盛りしていた店は休業を余儀なくされた。リハビリで日常生活を送れるようになったが、再開する気力と体力が湧かず、店を閉じた。その落胆ぶりは当時中学生だった丈さんにも見て取れた。
◇ ◇ 昨年8月、弘さんは夏風邪をこじらせて肺炎を患い亡くなった。89歳だった。「もう一度、あのチキンが食べたかった」「おいしすぎて他店のチキンが食べられなくなった」。弔問に訪れた人の言葉に、あの味が今も住民の心に残っていることを知った。と同時に、父の偉大さを実感した。「再び作ってみようか。おやじも喜ぶはず」 しかし、丈さんは精肉店の業務や調理の経験がない。父が使っていた調理道具も残っていない。そんな時、丈さんの所属する内郷まちづくり市民会議が話を聞き付け、主催する子ども食堂で提供してはどうかと提案した。賛同する地元企業やフランス料理店を営む同級生から器具の提供や下処理の協力の申し出があった。後押しを受けて地域のため、父のためにチキンの復活を決めた。3カ月ほど前から復活プロジェクトをスタートさせた。 弘さんは仕事について多くを語らなかった。レシピは残っておらず、弘さんが開業前に修業していた市内の精肉店や、弘さんを手伝った姉の斎藤みささん(55)や妹の太田登志子さん(47)に詳しく聞いた。試作は15回を超えた。「生きているうちにレシピを教えてもらえていたら…」。再現に苦戦しつつ、家庭でも肉料理を振る舞ってくれた父の姿がよみがえる。常に「おいしいものを届けたい」と研究を重ねていた父のように、きょうだいで知恵を出し合い、伝統の味に近づけた。「父のチキンを食べると幸せな気持ちになれた。食で楽しい気分になってほしい」と願う。
■21日、子ども食堂で提供 ヒナモモは21日に内郷公民館で開かれる「うちごうみんなの食堂」のクリスマス会で披露される。午前11時30分にスタートし、200本限定で先着順に無料で提供する。問い合わせは事務局の山一緑化土木へ。