『お隣さんはヒトラー?』2人の老人の関係にはキュンが満載!辛酸なめ子が語る、すばらしき“おじいちゃん萌え”映画の世界
アドルフ・ヒトラーの南米逃亡説をベースに、実際に起こり得たかもしれない“if/もしも”で構成された、『お隣さんはヒトラー?』が7月26日(金)に公開される。 【画像を見る】イラストで解説!辛酸なめ子オススメの"おじいちゃん萌え"映画3選 物語の舞台は1960年の南米コロンビア。第二次世界大戦終結から15年が過ぎ、アルゼンチンで逃亡生活を続けていたナチスドイツの戦犯アドルフ・アイヒマンが拘束されたニュースが世間を賑わせていた。ホロコーストで家族を失った老人ポルスキーは、街外れの一軒家で穏やかに過ごしていた。そんな彼の隣家にドイツ人のヘルツォークが越してくる。ポルスキーは隣人の青い瞳を見て驚愕する。なんと、隣人は自死したはずのヒトラーにそっくりだったのだ!ポルスキーは大使館に出向いて隣人がヒトラーだと訴えるが、取り合ってもらえない。それならば…と、彼は隣人の正体を暴こうと意気込むが、ひょんなことから互いの家を行き来するような関係になっていく。 ナチス映画の新たな系譜となる、ユーモアあふれる作品を監督したのは、本作が長編2作目となるレオン・プルドフスキー。『縞模様のパジャマの少年』(08)のデイヴィッド・ヘイマンが隣人をヒトラーと疑う老人ポルスキー役、『スワンソング』(21)のウド・キアがヒトラーに疑われる老人ヘルツォーク役で、ベテラン俳優らしい唯一無二の演技のケミストリーを起こした。公開に先駆けて本作を鑑賞した、コラムニストの辛酸なめ子が、“おじいちゃん萌え”目線でイラストを描き下ろし!さらに、本作の感想からオススメの“おじいちゃん萌え”映画について語ってもらった。 ■「『お隣さんはヒトラー?』は、おじいさんならではのかわいさや哀愁などいろいろな魅力が詰まっているんです」 辛酸は、「最初はタイトルの印象から、もしもヒトラー礼賛映画だったらどうしようかと思ったんです」と語る。「ところが観たら、全然そんなことはなくて。むしろ、想像を絶するようなつらく苦しい時代を生き延びた人の人生や歴史を考えさせ、そして男同士の友情の要素もあるという、すごくヒューマンな作品でした」。 「この映画の登場人物は主におじいさんだけで、おじいさんならではのかわいさや哀愁などいろいろな魅力が詰まっているんです」と自他ともに“おじいちゃん萌え”を称する彼女が注目したのが、老人2人の関係性の変化だ。「ポルスキーはもちろんヘルツォークも1人暮らしで、自分のライフスタイルを貫いている。しかもお互い、理由があって人間不信なところがある。だから、気難しそうだったりとっつきにくかったり。なんだか相容れない雰囲気があるんですが、その関係性が変化していく。そこが見ものです」と熱弁する。 辛酸が最初に印象に残ったのが、互いに警戒し合っていた2人のおじいさんが共通の趣味であるチェスで交流していくシーン。ヘルツォークがヒトラーだという証拠を掴むため、隣家を監視し始めたポルスキーが、彼が1人でチェスをする様子を見て、「哀れな素人め!」とその腕前をバカにする。また別の日にもヘルツォークのチェスの腕にケチをつけ、言われたヘルツォークがポルスキーに言い返す場面だ。「お互い盤に向き合って、対戦しているわけでもない。“エアチェス”なのに、相手の動きを読んで『チェックメイトだ!』と言ったりしている。おまけに、お互いに負けず嫌いだから、結局、対戦することになり、それがきっかけで2人の距離が縮まっていくところがおもしろいなと感じました」。 ■「ポルスキーにとって黒いバラは、幸せだったころを象徴するものです」 イラストには、辛酸が不器用なおじいさん2人のなかに優しさを感じるシーンを描いてもらった。1つ目は、ものも少ない殺風景な家に住むポルスキーが庭で黒いバラを丹精込めて育てている場面だ。「ポルスキーにとって黒いバラは、亡くなった家族との唯一の思い出で、幸せだったころを象徴するものです。いまはなんの生きがいもないけれど、黒いバラを育てることが彼の支えになっている。しかも、自分が料理に使った卵の殻をバラの肥料に使っているところが、なにひとつ無駄にしないお年寄りらしくていい」とのこと。 2つ目は、ヘルツォークの筆跡を鑑定して、彼がヒトラーであることを証明しようとたくらんだポスルキーが、ある出来事を機に「一筆頼みたい」と怯えながら頼むシーン。劇中では、ヘルツォークをヒトラーと疑うポルスキーが、過去のつらい経験から恐怖を覚える姿も描かれる。「本来なら仲良くなんかなれないし、頭を下げて頼むことなんかもしたくない。そこには様々な理由があるんだけど、このシーンから少しずつ、交流が始まっていく。その背景には、戦争を生き抜いた人の価値観や強さ。それともたまたま同じ年恰好の老人同士だったからなのか。いろいろと考えさらせられますね。また、ポルスキーが証拠をつかんだときの悪そうな笑顔と、ヘルツォークに最初話しかけたときの怯え顔のギャップもよかったです」。 3つ目は、ご近所付き合いでポルスキーを家に招いたヘルツォークが「クッキーを焼いた」といってお茶をごちそうするシーン。ポルスキーがヘルツォークの正体を暴く絶好のチャンス到来か!?と思いきや、「ヘルツォークはヒゲを生やして、イカついんですけど、そんな彼にクッキーを手作りする趣味というか、おもてなしの優しい心がある。ギャップ萌えしますね。それに、室内の装飾とか、ティーカップもエレガントでなんかかわいい(笑)ヘルツォークが『ファウスト』の詩を暗唱するシーンも、教養を感じさせて良かったです。実は学のあるおじいちゃんだったようです」と見た目と中身のギャップも萌えポイントとして高評価。 最後の4つ目は、ある出来事でショックを受け、酒を飲み過ぎたヘルツォークをポルスキーが世話をする場面。「甲斐甲斐しく世話をするところなど、まさに“老々介護”ならぬ、“老々介抱”なんですけど、2人のおじいさんがちょっとBLっぽくも見えて。ここも萌えポイントですね」。 なお、“おじいちゃん萌え”以外での本作の魅力を聞いてみたら、「ヒトラー映画なのかしらと思っていたら、おじいさんたちが出てきて、コメディのような展開。まったりしているのかと思ったら、隣人は一体何者なのか?ヒトラーかもしれない!と思って隣家に忍び込んだり。まるでスパイ映画のようなスリリングなシーンもある。見どころ満載なんです」と説明。「人間関係とか、友情といったものにとても執着する人っているじゃないですか。でも、そんなに執着しなくても、人間って必要な時に自分を支えてくれたり、寄り添ってくれる人に出会う。そんな縁ができるってことを伝えてくれる作品です。SNSでつながっている人間関係とか友達関係に疲れている人がこの映画を観るといいかもしれないですね」とアドバイスしてくれた。 ■「『モリのいる場所』のおじいさんはアリの群れを日がな1日観察しているところがかわいい」 もう1枚描いてもらったのは、オススメの“おじいちゃん萌え”映画。1本目の『ほんとうのピノッキオ』(19)は、マッテオ・ガローネ監督がロベルト・ベニーニと組んで、カルロ・コロディによる児童小説「ピノッキオの冒険」を、斬新にビジュアライズしたダークファンタジー。「ジェペットじいさんは、いつも薄汚れた服を着ていて、本当にかわいそうなんです。しかもピノッキオはやんちゃで自分勝手。おじいさんは翻弄されるんですけど、受け身で我慢強い。サメのお腹の中で暮らすはめになっているのに、自分なりに快適に暮らしていて。暮らしの知恵みたいなところで生きている。自分のことは疎かになっているところが、かわいそうでキュンとなりつつ、でもそこに萌えるんです」と熱く語る。 2本目の『モリのいる場所』(18)は、画家の熊谷守一と妻の日常を沖田修一監督がつづったヒューマンドラマ。「自宅の庭にいる虫の動きやらを観察し続けて外にほとんど出なかったという実在したおじいさんの話なんです。アリの群れを日がな1日観察している。そんなところがかわいいというか。少年のような好奇心にキュンとします。演じているのが山崎努さんで、服装もどこかひと昔前の日本のおじいさんで風流な感じがします」。 ■「『マイ・インターン』のロバート・デ・ニーロは、こんな人がいたらいいなという理想のおじいさん」 3本目は、ロバート・デ・ニーロとアン・ハサウェイが共演した『マイ・インターン』(15)。若い女性CEOとその部下になった70歳のシニアインターンの、世代を超えた交流を描いたハートフルコメディだ。「おじいさんというよりはシニア世代が、若い女性が社長の会社にインターンで入社するお話なんです。だから、パソコンは使えないけど、割と自分のスタイルを持っていて。きちんとハンカチを持ち歩いたりして、ちょっと上質なおじいさんの流儀を若者に教えたり影響を与えていくみたいな。下心なしで女性社長の悩みを聞いたりして、安心感のあるおじいさん。こんな人がいたらいいなという理想のおじいさんをデ・ニーロが演じていて、キュンとさせてくれるんです」。 最後に“おじいちゃん萌え”の魅力を聞いたところ、「1人の老人が亡くなると、“図書館が1つなくなるようなもの”なんだそうです。それほど、老人には豊かな経験や知識や教養があるんです」と説明してくれた。「今回の『お隣さんはヒトラー?』は、直接的なナチスの話を描いているわけではないですが、ポルスキーの人生を通して、その体験や悲惨な歴史が描かれている。“おじいちゃん萌え”もなにか考えさせてくれるきっかけになるんじゃないかと思います」。 ※山崎努の「崎」は「たつさき」が正式表記 文/前田かおり