「THU JAPAN 2023」村井さだゆき 人は「コード」によって動かされている【CINEMORE ACADEMY Vol.29】
「記号」と付き合う
Q:いつ頃から、脚本を書く作業における「記号学」について考え始めたのでしょうか。 村井:脚本家になる前からですね。僕は93年に書いた作品でシナリオ大賞を受賞し、そこから脚本家になったのですが、学生だった80年代終わりから、ずっとテーマとして独学で追い続けてきました。 Q:学校の授業などではなく、あくまで独学で学ばれたと。 村井:経済学部だったので、そもそも記号学の授業がなかったですね。どうも性格的にプラトンやアリストテレスと相性がいいみたいで(笑)、「世界の本質とはなんぞや」みたいなことを考えるのが昔から好きだったんです。脚本家になろうと思ったのは中学生くらいで、「物語というものは奇妙なものだぞ」ということが自分の根底にありました。そして、それはなぜかということをずっと考えて続けてきた。その結果、脚本家になれたのだと思います。 社会に出てからは広告代理店に就職し、その後フリーでプランナーをやっていたのですが、広告でも「記号と付き合う」ことがベースにあると思います。そうやって「記号の組み合わせにより意味が生まれる」ことと付き合い続けてきたおかげで、脚本を書く時にもその視点でキャラクターや作品世界を理解し、作っていくようになりました。 Q:村井さんが手がけた全ての作品には「人はなぜコミュケーションできるのか?」ということが裏テーマとしてあるとのことですが、同じくどの映画も「記号と付き合う」構造になっているのでしょうか。 村井:僕の作品はわかりにくいと、よく言われるのですが(笑)、わかりやすいものを求められる中で、「裏をかく」ということがずっとテーマにあります。「裏をかく」というのは、観客の裏をかくことでもあるし、同時にスタッフが求めている「裏をかく」ことでもある。全てにおいて「裏を返していく」ことを心がけていて、それが楽しいし、観客も喜んでくれるんです。
人は「コード」によって動かされている
Q:「記号学」を知ることは、物語を語る人たちにどのような影響があるのでしょうか。 村井:それがまさに今回のテーマだったのですが、「世界の見方を変えてほしい」ということですね。それはつまり、「固定観念に縛られていること」に気づくということ。固定観念を覆すことは難しいですが、いかに自分が固定観念に縛られているかに気づくことは出来る。それによって人の行動の理解が変わってきて、「我々はなぜこんな行動をするのか?」「なぜこんなことに感動するのか?」ということ自体も違って見えてくる。その結果、作るものが変わってくるんです。 世界の見方が変わると、根本的な考え方がガラッと変わると思います。ハリウッドでも使われているような、いわゆる「物語作りの教則本」に書いてあることは、非常に主人公中心主義。でも僕は、昔からそれに反発しています。主人公だけを軸に考えていたのでは、きちんとした世界は描けないのではないかと。世界というものは主人公を中心に回っているわけではなく、周りの人は全く違う論理で動いているはず、全ては「関係」なのです。そういった「関係論」で世界を見ていくと、物語というものの見え方が変わってくる。ハリウッドの主流もそうですが、主人公中心主義に陥っているところからは脱出してほしい。少なくとも、僕たちが作ってきたものはそうではないと思っています。 Q:人の関係性において物語を進めていくという点は、「人はなぜコミュケーションできるのか?」というテーマと繋がってきますね。 村井:そうですね。セミナーでは「我々は“ラング”に縛られている」と言う話をしましたが、ラングというのは一つの大きな「体系」で、ラングによって作られている規則が世界には無数にあると言われています。これは「コード」というもので、言語学者のソシュールはコードという言葉は使っていませんでしたが、ソシュールから影響を受けた「構造主義」というものが生まれたときに、重要なキーワードとして浮かび上がってきたのがコードなんです。「人間は“コード”によって動かされているのだ」と。 例えば、我々が今ここに座っているのは「社会コード」をちゃんと身につけているからであって、(この取材に対する)責任放棄はしないというのが「社会コード」になっている。全ての人間がそういう「コード」によって動かされていると考えたときに、物語の主人公の行動も実は背後にあるコードによって動かされていると考えられる。そうすると全く違う作り方が出来ることになる。つまり主人公の背後のコードを考えないと、物語は作れなくなるんです。複雑なコードが絡み合っている世界の面白さこそが、21世紀に描くべき物語なのだと思いますね。 Q:具体的に脚本を書かれる際には、そういったコードを十分に用意してから書き進めるのでしょうか。 村井:全てを用意しているわけではないのですが、メインとなるコードをキャラクターに与えていく作業が最初にあります。コードを作った段階で、背後にあるコードが自然にキャラクターを動かすのですが、描きたいのはそのコードだけではなく対立するコードとの関係。「ここで対立するコードが出てくると何が起こるか?」と、自然に発生することもあるのですが、それだけだと解決しないときもある。そこで必要となってくるのは創意工夫です。自然に転がって途中まではうまくいっても、行き詰まる瞬間は必ず出てくる。そこで新たなアイデアが必要になることは往々にしてあります。でもそれを解決してくれるのは別のコードだったりもする。それぐらい世界は色んなコードに満ちている。だから主人公だけを考えていると解決しない問題も、世界の豊かさからすると色んな要素が混じり合って解決することがある。“解決”というのは悲劇になることもあるのですが。
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