「昨年のドラフト1位3人がトミー・ジョン手術、うち1人は育成に」有望投手たちのヒジに今起きている“異常事態”…医師は「小学生に執刀したことも」
MLBで活躍する投手の3人に2人は手術経験者
これまで800例ほど再建手術の執刀経験があり、プロ野球選手やアマチュアのトップ選手を幾人も担当してきた慶友整形外科病院(群馬県館林市)の古島弘三医師は、国内におけるトミー・ジョン手術の権威だ。自身も幼少期より野球に励んできて、現在は中学硬式野球チーム「慶友ポニー」の代表を務める。古島医師は言う。 「メジャーリーグで活躍する投手の3人に2人はトミー・ジョン手術の経験者と言われています。術後の目安として全力投球の許可を出せるまでにおよそ8カ月かかり、実戦登板は最も早くて10カ月で可能となります。リハビリで柔軟性を高め、負担のない投球フォームなどを見つめ直せば、ケガ以前に近い投球が可能となる。東京ヤクルトの奥川恭伸選手のように、保存療法を選択する投手もいるとはいえ、手術しても以前のような力を取り戻せることが実証されていることで、手術に踏み切る選手が多いのです」 とはいえ手術しないにこしたことはないだろう。 「もちろんそうです。靱帯を移植することによって100%に近いヒジの状態を取り戻すことはできても、以前よりも強いヒジを手に入れることはできません」
学童野球の球数制限はようやく4年前から
ヒジの内側側副靱帯の断裂や損傷が突発的に起こることは考えにくく、幼少期からのいわゆる勤続疲労が引き起こすケースがほとんどだ。 「靱帯のケガは、痛みが出てから対処しても、遅いんです。幼少期から本人がケアをし、投球過多にならないような指導者の配慮が求められます。ようやく2020年に軟式の学童野球では70球の球数制限が設けられましたが、今年ドラフトにかかるような選手は、そうした球数制限のない時代に育った選手。過去に過度な投球をしたことが今になって降りかかってきている可能性はあります」 現在、手術を受けるのはプロ野球選手ばかりではない。
小学生で手術を受ける場合さえある
「中学生、高校生も珍しくありません。小学生で手術を受けるケースは稀ではありますが、私が執刀したある小学生は、180cmを超えるほどの大きな体格でした。小学生の中にそんな選手がいたら、チームは勝利のためにその投手に依存する戦い方になりますよね。結局、小学生年代での投球過多が原因で、その少年は手術することになりました。大人とは違い、暦年齢(実年齢)に骨年齢が追いついていない子だと、よりリスクは大きい。大型の投手ともなればなおさらです。たとえば、高校時代の大谷翔平選手や佐々木朗希投手がそういうタイプだと思われます」 ドラフトで指名されるような大学生投手の多くは、入学から4年後の指名を見据えて努力を重ねる。前述のスカウトが続ける。 「2年生、3年生の時にたとえばヒジに痛みが出たとして、どんな対処をしたのか。ドラフトで指名されるために、あるいは他大学のライバルとの競争に勝つために、痛みを抱えながらドラフトイヤーを迎えたということも考えられるでしょう。反対に、今年のドラフトで注目されたある社会人の投手は、大学3年生の時に、手術を経験しています。彼の場合は、大学4年での登板を諦め、そこで手術に踏み切ることが、より長く野球界で活躍でき、自分の商品価値を高めることになると考えたわけです。たとえ、翌年のドラフトで指名されなくても、(社会人を経た)3年後の指名を目指そう、と」
プロで選手寿命を長くする方策とは
入団直後にケガが発覚することを回避し、結果として選手寿命を長くする方策として、スカウトが提案するのが診断書の提出だ。 「メジャーに倣って、ドラフトの前に公的な機関でメディカルチェックを受け、プロ志望届と一緒に診断書を提出することを義務づけるのです」 ドラフトを前に健康体であることを証明する必要があれば、ケガを隠して投げ続けることもできなくなり、ケアも怠らなくなる。診断書提出の義務化が投球障害の抑止力となり、球団からすれば入団直後にトミー・ジョン手術を受けるという不測の事態も回避できるのだ。 <後編につづく>
(「プロ野球PRESS」柳川悠二 = 文)
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