文楽の人間国宝、住大夫引退公演が満員の中、千穐楽。大阪のファンにお別れ
文楽の人間国宝、竹本住大夫の引退公演と銘打たれた四月文楽公演(大阪市中央区・国立文楽劇場)が、27日、大入り満員の中、千穐楽を迎えた。前売りは完売、早朝から当日券を求めて多くの人が列を作った。四月公演は国立文楽劇場30年の歴史の中で、最多の観客数となった(2部制として)。
住大夫「引退狂言」は、文楽三大名作のひとつ「菅原伝授手習鑑」の「桜丸切腹の段」。 菅原道真(菅丞相)と、梅王丸・松王丸・桜丸という三つ子一家の物語、道真流罪のきっかけを作ってしまった桜丸が切腹をする悲しい場面である。 舞台上手、床の盆が回り、住大夫が現れると、満員の観客から拍手が沸き起こった。しばらく拍手が鳴り止まない。「住大夫!」と、掛け声もかかった。住大夫はひとつ息をつき、「何度となくつとめ、好きな演目」という、その段を、静かに語り始めた。 姿が見えない夫を心配する妻、そのかげで覚悟を決めていた夫。 「定業と諦めて腹切刀渡す親、思ひきつておりや泣かぬ。そなたも泣きやんな、ヤア」 すべてをのみ込んだ父。 ときに激しく、それぞれの心情を語る。 舞台には、簑助、文雀が遣う桜丸と女房の八重。ともに文楽を引っ張ってきた人間国宝の二人が人形に情をこめ、心を表現する。観客席では、すすり泣く声も。 父が打ち鳴らす鉦(かね)と念仏の中、ついに息絶えた桜丸。文楽最高峰そろい踏みで、悲劇の最期を描きあげた。住大夫にとっての「大夫人生」の切場、68年のクライマックスにふさわしい、心に残る「演出」だった。 語り終えると、住大夫は、いつものように床本を掲げ、われんばかりの拍手の中、床奥に消え、地元大阪で、観客と慣れ親しんだホームグラウンド、文楽劇場に別れを告げた。
どうしても大阪のファンのみなさんに直接ご挨拶したかったと、再び舞台に登場した住大夫。花束贈呈役は、簑助と桜丸。「おおきに、ありがとう」。目には、演じる間は、こらえていた涙が。 「満89歳をむかえ、68年間、文楽の大夫として舞台をつとめさせていただけて、喜びと感謝と敬いの心につきます。先輩方の指導と文楽愛好者とファンの励まし、支えで、今日までやってこられました。一昨年、脳梗塞(のうこうそく)で、82日間入院した後、家族の協力などもあり、いったんは舞台に立たせていただきましたが、今年2月、このまま不本意な浄瑠璃を聴かせては、と自分から引退を申し出ました。そんな急なことながら、きょう、このようなにぎやかな引退をさせていただいたことに感謝しています。これからも大阪で生まれ育った文楽をご後援、お引き立てください。私は、ほんまにええ星のもとに生まれた、ええご縁をいただいた。幸せに思っております。東京公演も、リハビリ、稽古をして、乗り切りたい」。 終演後には、涙を流しているファンも。「寂しいですね、もっとやっていただきたかった」と大阪府の40代女性。「師匠の語りをまだまだ聴いていたいが、気持ちもわかる。誰よりも芸に厳しい人なので、納得のいく語りができなく情けないと思われたのでしょう」と、大阪市の60代男性。堺市から来たという文楽ファンの60代女性は「文楽の顔として、長く活躍してくださり、文楽を通して大阪そのものを高め、広めてくださった大阪の恩人でもあります。お疲れ様でした。これからも文楽をお願いします」と、労をねぎらった。