「カラテカ」矢部太郎をベストセラー作家に導いた故つかこうへいさんの言葉
公演の記者発表の場で、初めてつかさんにお会いしました。一方的に、とにかく怖い印象があったんですけど、なぜだか、僕には本当にやさしいんです。温かい感じがするというか。けいこが始まっても、僕には怒らないんですよ。基本的には、やはり厳しさをお持ちなんですよ。結構な主要キャストだった役者さんに怒って、けいこ初日で「もう来なくてもいい」とつかさんがおっしゃったら、翌日からいなくなりましたし…。「うわ、本当にこんなことがあるんだ…」と。 今までお芝居と言ったら、東京でやっている吉本新喜劇の公演に出してもらうくらい。芸人のコントのおけいこは9割くらいバカ話をして、1割がけいこという感じだったんですけど(笑)、初めてでした。10割がけいこというのは…。なので、とにかく迷惑をかけないように、ずっと陰で一生懸命台本を覚えてました。それでも、経験がないので、セリフに詰まったりしちゃうんです。そうなると、相手役の方が気を利かして、僕のセリフを継いでくれたりする。すると、つかさんは僕じゃなくて相手の方を怒るんです。「矢部さんは矢部さんの間(ま)でやられているんだから、お前、何やってるんだ!」と。完全に、ただ、詰まっていただけなんですよ(笑)。それでも、僕は怒られないんです。 焼肉とかご飯も食べに連れて行ってもらいましたし、そこでも、僕は緊張して「はい、そうですね」くらいしか話せないんですけど「いいねぇ」とすごく誉めてくださって。本当にやさしくしてくださった思い出しかありません。
頻繁に、言ってくださっていたのは「舞台、楽しいだろう?」ということでした。そして、初めてお会いした記者発表の時に初めて言ってくださったのが「矢部さんは、悲しいのがいい」という言葉。ハッキリとした“その心”は聞けないままになってしまいました。いったい、僕のナニに響いてくださったのか。それはもう、想像するしかないんですけど。 でも、実際、いろいろなことが変わりました。当然、それまではお笑いですから、最後の着地点として考えるのは、お客さんに笑ってもらうということ。全てはそこに向かっての話だったんですけど、つかさんが口立てで作っていく作品を目の当たりにして“そうじゃない世界”もあるんだなと。笑い以外の感情を喚起すること。お笑いをやっていたら、逆に一番やらない表現の魅力。そこを思いっきり、見せてもらいました。 あと、恥ずかしいということがなくなりました。厳密にいうと、今でもいろいろやると恥ずかしいんです。ただ、恥ずかしくていいんだと。「もともと、お芝居をやるなんて恥ずかしいことをやってるんだから、恥ずかしくて当然。それはそれでいい。そして、そういうところをみんな見たいんだから」と肯定してくれたというか。 つかさんと過ごして吸い込んだ空気が、今回の「大家さんと僕」にも絶対に影響していると思います。笑い以外の感情も喚起したい。そして、一歩踏み出すことへの不安も、それはそれでいいんだと。