市川染五郎「幼少期はやんちゃで人見知り」父・松本幸四郎は、役者としていちばん身近な存在
光秀役に挑戦できることは、楽しみであると同時にプレッシャーも感じています
歌舞伎界気鋭のホープ・市川染五郎さん。近年は歌舞伎のみならず、映画出演や声優、モデルとしても活躍の幅を広げています。年明けには、若手歌舞伎俳優の登竜門とも言われる「新春浅草歌舞伎」初出演が決定。公演の見どころから、実は人見知りな素顔、お仕事観まで、たっぷりとお話を聞きました。 【写真8枚】歌舞伎のみならず映像・モデル・声優などさまざまなジャンルで活躍。19歳の素顔に迫ります! ──若手歌舞伎俳優の登竜門と言われる「新春浅草歌舞伎」。染五郎さんは初めての出演となりますが、声がかかったときの気持ちを教えてください。 メンバーが変わるとは聞いていたのですが、まさか自分が出演させていただけると思っていなかったので驚きました。他の出演者の方はほとんどが少し上の方たち。ご一緒させていただけることを、とてもうれしく思っています。 ──出演決定については、誰から聞いたのでしょう? 父(松本幸四郎さん)を通してです。「毎年続けて出演させていただけるようにがんばりたいね」と声をかけてくれました。 ──装いも新たに上演される2025年の「新春浅草歌舞伎」ですが、その見どころは? まずは、新しいメンバーが揃うということ。演目立てのバランスも良くて、歌舞伎らしい歌舞伎を観ていただけるのではないかと思います。 個人的にいちばん楽しみなのは『絵本太功記』で演じる光秀です。非常に高麗屋(染五郎さんの屋号)らしい線の太い役。光秀に挑戦できることは、楽しみであると同時にプレッシャーも感じています。何といっても、先輩である中村橋之助さんとダブルキャスト。どうしても比較されるでしょうが、良い意味で「勝負」のつもりで挑みたいと思っています。 ──染五郎さんとしては、同世代の役者たちは「ライバル」? それとも「同志」でしょうか。 両方ですね。ライバルでもあり仲間でもあり、言うなれば「戦友」でしょうか。今回の浅草歌舞伎では尾上左近くんと年齢が近いのですが、「一緒にがんばろうね」と声をかけあっています。でもやっぱり、若手中心の公演では「負けないぞ!」という気持ちが強くなるかもしれませんね。先輩であってもライバルです。 ──染五郎さんが光秀を演じる『絵本太功記』は、本能寺の変のその後を描いた物語ですよね。 明智光秀は「武智光秀」、羽柴秀吉は「真柴久吉」と、少し名前は変えてあるのですが、信長を討った後の光秀が主人公です。まだ稽古はこれからですが(取材当時)、最初の登場シーンがいちばん難しいのでは無いかと思います。光秀が現れた瞬間、お客様を圧倒できるような凄みを出せたらと思っています。独特なビジュアル面もぜひ注目していただきたいです。 光秀は、大叔父(中村吉右衛門さん)が得意としていた役でもあります。最後に演じられたのは2019年のころで、僕も客席で観ていました。光秀が笠をおろして顔を見せたその時、僕が座っていた2階のいちばん後ろまで飛び出してくるかのような迫力で鳥肌が立ちました。あのときの感動は今もずっと残っています。 ──染五郎さんが出演されるもうひとつの演目『棒しばり』は、一転してコミカルな内容です。 こちらは「飲むな」と言われていたお酒を飲んでしまう、どうしようもない家来2人の舞踊劇。理屈抜きに楽しんでいただける作品だと思います。言葉がわからなくてもおかしさが伝わるはずなので、日本語がわからない海外の方にもぜひ観ていただきたいです。 とはいえ、きちんとした技術がなければ、ただドタバタしているだけで「歌舞伎」になりません。共演する中村鷹之資さんはとても踊りが上手な先輩ですし、しっかりと食らいついていきたいです。 ──染五郎さんは現在19歳。お酒はまだこれからですが、酔っ払うお芝居は何をヒントに作っていくのでしょう? コメディっぽい踊りですから…大好きなドリフを参考にしてみようかと。酔っ払い芸といえば加藤茶さんや志村けんさん! 改めて観返してみようと思います。 ◆人見知りなところは、小さな頃から変わりません ──浅草にはどんなイメージがありますか。 大晦日に浅草寺にお参りに行くのが我が家の恒例行事です。元旦は挨拶回りがありますし、1月2日から舞台が始まるので、初詣をする時間がありません。大晦日にお参りをして、その一年の良かったことも悪かったこともすべてリセットする。そして来年を迎える…僕にとって浅草はそんな場所です。 生まれたときから大晦日に毎年訪れているんですよね。小さな頃は、仲見世でいろんなものを買って、お芝居ごっこに使っていました。笠、刀、獅子の赤い毛など…もちろん、本物よりちょっとボリュームはありませんが(笑)。自宅で振り回して遊んでいたのをよく覚えています。 ──小さな頃はどんな子供でしたか? やんちゃな子でした。ただ、初めて会う人の前や、公の場ではすごく人見知りで…。人前で何かするのは苦手なタイプでしたが、心を許した人がいるとついはしゃいだり、楽屋でもすぐにいたずらをしたり。今も変わらないかもしれません。 ──人見知りな素顔と堂々とした役者の姿は、どうやって切り替えているんでしょう? 自分としては「切り替え」している感覚はないのですが、役の格好になると、自然とその人になれるんです。衣裳や化粧、ビジュアルの力はとても大きいと思います。 ──ビジュアルといえば、最近はファッションモデルとして活躍されることも多いですよね。好きなファッションのスタイルはありますか? 実を言うと、僕自身はファッションには少し疎くて…。普段着は、真っ黒が多いです。黒を着ていればおしゃれに見えるかなと…そんなことはありませんよね(笑)。Tシャツにスウェットみたいな、楽なスタイルが好きです。普段からおしゃれな格好をすると、落ち着かなくてソワソワしてしまいます。 でも、ファッションも「役の格好になる」のと同じ。こうして着飾ることで「市川染五郎」として表に立つための拵えができあがるというか。僕にとってファッションは、人見知りをちょっと緩和してくれるような、お守りのようなものかもしれません。 ◆父・松本幸四郎は、役者としていちばん身近な存在 ──お父様である松本幸四郎さんは、染五郎さんにとってどんな存在でしょうか。 うーん、改めて「どんな」ときかれると…。僕から見たら「父親」というだけなんです(笑)。ただ、自分にとっていちばん身近な「役者」でもあります。お芝居の話をたくさん共有できますし、「こんなことをやってみたい」という話もよくします。 ──先ほど同世代の役者は同志でもありライバルでもあるとおっしゃっていましたが、役者としてのお父様やお祖父様(松本白鸚さん)はいかがでしょうか? いつかは、超えたい存在なのでしょうか。 いえ、「超えてやるぞ」みたいな気持ちはないです。超えることはできない存在なので。祖父や父からいろいろなことを受け継ぐのは大前提として、同じ高麗屋でも違う役者ですし、親子でも違う人間です。祖父や父のような役者は目指すところではあるけれど、同じ役者にはなれないし、ならない。ふたりとはまた違う役者になりたいと、常々思っています。 ──舞台に上がる前のルーティンはありますか? ハチミツを溶かした白湯を飲みます。声を使う仕事なので、喉のケアは大切。この辺り(首元を指して)の筋肉がほぐれて、声が出やすくなるんです。最近は喉にいいハーブティーをいただいて、マヌカハニーを溶かして飲んでいます。 あとは、必ず塩をまくこと。舞台は神聖な場所なので体を清めてから立ちます。小さなころから祖父がやっているのを見ていて、自然と僕のルーティンにもなりました。 ──初めて歌舞伎をご覧になる方へ向けて、アドバイスをお願いします。 「何を着ていったらいいですか?」などもよく聞かれるのですが、全然決まりはありませんし、普通に演劇や映画を見に行く格好で大丈夫です! 敷居が高いとか、お堅いイメージをもたれがちですが、みなさんの想像以上に歌舞伎って柔軟な舞台だと僕は思います。歌舞伎は、時代を常に取り入れて進化してきた演劇。ただ昔から同じことをやっているわけではない、その柔軟さをぜひ知っていただけたらうれしいです。 ──今年も残りわずかですが、2024年のうちにやっておきたいことはありますか? うーん…特にありません。「新春浅草歌舞伎」が決まっていますし、ひたすら稽古と芝居と、並行して次の準備と…その連続です。あまり年齢とか、「今年」とか、そういうターンで区切っている感覚はないかもしれないですね。息抜きに遠くに行きたい気持ちはありますが、なかなか実現しそうにありません。都会から離れた田舎でゆっくりしたいという思いだけはあります(笑)。 ──では最後に、染五郎さんにとって「働く」とは? 「働く」とは…(少し考えて)もちろん生きるためのものですが、「人との関わり」ではないでしょうか。役者の仕事をしているととくに思うのですが、ひとつの舞台には本当にたくさんの人が関わっています。役者だけでなく、大道具さん、衣裳さん、照明さん…そして、お客さんもいる。さまざまな立場の人たちを信じること、任せることで仕事は成り立つのでしょう。関わるすべての人と、お互いにリスペクトしあうことで、すばらしい成果は生まれるのだと思います。それぞれの立場を尊敬する。それが働く上で、大事なことだと感じています。