「翌日の体の重さが全然ちゃう」自力ストレッチ、銭湯、ヨガ、瞑想...あの手この手で疲れを癒やす生活の顛末【坂口涼太郎エッセイ】
「へ? おしりを使うお仕事?」
それは2023年の9月から一ヵ月以上上演していた演劇で、左足の足首がずっと痛くて、筋が張っているような感じで、それによる全身の疲労が抜けなくて、「どうしたものか。自力ストレッチ&銭湯治癒もこれまでか……」と思っていた矢先、カンパニーの仲間が整体はどうやと提案してくれ、私はついに人生初の整体院に通院をする決心をして、その方のおすすめしてくれた池袋にある整体院に行ってみた。 そこには手を伸ばせばがんがん当たる間隔で6台ほどのベッドが置いてあり、人々がその上でそれぞれ市場で解体されるマグロのような塩梅でもみもみごりごりやっつけられていて、しかも、全身をくまなくやっつけてくれて1900円という破格のお値段。私の脳内にはなぜかわからないけど「スラム・闇医者」という言葉が浮かんでいて、「だ、大丈夫なのだろうか?」と慄きつつ、私も解体されるマグロの一匹となり調理台に乗れば、違和感のあるところを聞かれ、「わかりました」という言葉のあと、もみもみほぐほぐ、ごりごりぎゅっぎゅっと粘土のように体を揉みしだかれ、人の形へと整形される45分を過ごしたあと、ベッドから降りて立ってみたら、驚くほど体が軽くなり、足首の痛みもどこへやら。めちゃくちゃ力を入れて押されている感じもなかったのに、体のあらゆる部位が本来の位置はここだよ! と整理整頓されて、本来の自分の形に戻ったみたいな感覚だった。 えー! うそやーん! 整体すごいやーん! もっと早く来ればよかったー! 狭い部屋でがつがつ家具にぶつかりながら鬼の形相でストレッチしてたあの日々が愛おしーい! 世の中には整体があるよって教えてあげたーい! 整体って正義! それからはすっかり整体フリーク、整体ジャンキーになり、私はことあるごとに嬉々とマグロになりに池袋に通い、プラスいままでの経験をもとに絶対的信頼のある治癒方法、銭湯、ストレッチ、ヨガ、瞑想も変わらず活用して、なんとか人の形を維持しております。 先日またペルーへの飛行機移動丸2日間による体の凝固で、やっと自宅に帰ってきて眠りについたら両足が同時にこむら返りになり、ひとり泣き叫んだのをきっかけに、整体院に両足をひきずりながら救いを求めに行き、例のごとくもみもみほぐほぐしていただいていたら先生が突然「あのう……おしりを使うお仕事をしていらっしゃいますか?」と私に真顔で聞いてこられて、「へ? おしりを使うお仕事?」と私は逡巡し、おしりを使うといえば使うし、でも、おしりだけを使っているわけではないし、そもそもおしりを使うお仕事とはなんなのだ? どのお仕事を想定して聞いているのだ? 私の何がそう思わせたのだ? とぐるんぐるん頭を高速回転させながら思考していた矢先、突然、はっ! と閃いた。“カーダシアン”のことではないのか? 私がキム・カーダシアンみたいなおしりになろうと決起して、ジムでおしりトレーニングに励み、粛々とおしりをふくらませ、おしりを愛で、鏡に我が愛おしき尻を映してほふほふしているあのことではないのか!? そう思い当たった私は先生に「あのう……実はカーダシアン……じゃなくて、洋服がきれいに見えるようにおしりを鍛えておりまして、もしかしてそのことではないでしょうか……?」と、おそるおそるお答えすれば先生の顔はぱっと大殺界を抜けたような表情になり、「それですね! 絶対それだ! 坂口さん、おしりの筋肉が肥大しすぎて全身がおしりに引っ張られていますよ!」と晴れ晴れした表情で伝えてこられた。 え? 全身がおしりに引っ張られている? そんなことあり得るのだろうか。そんな「ブラックホールは周りの星々を吸い込むんです」みたいな言い方で、おしりを中心にして私の体が引っ張られることなんて起こり得るのだろうか。先生がおっしゃるには私があまりにもおしりだけを鍛えているから、どんどんおしりの筋肉に他の筋肉が引っ張られて、足がどんどん開脚されているらしい。そして、それによって歩き方が変化し、全身に影響が出ていて、ものすごくバランスの悪い人型になっているらしい。 なあ、そんなことってあるのかよ。おしりが肥大しすぎて、あの臀部がものすごく膨らんでいるアマゾンのアリみたいに私はもうおしりから手足が生えているような塩梅になっていくのかよ。ヤドカリみたいな形状で、私はおしりに住む生き物になるのかよ。どうすんだよカーダシアン。ていうか、どうやってんだよカーダシアン。教えてくれよカーダシアン! 人の形を維持する方法はいっぱい手に入れることができたけど、カーダシアンへの道も、池袋からの帰り道も、やっぱりブラックホールのある銀河のごとく果てしなく遠く感じるお涼なのであった。ふぉふぉふぉ。 以上、お涼支配目前のおしりからお伝えしました。 文・スタイリング/坂口涼太郎 撮影/田上浩一 ヘア&メイク/齊藤琴絵 協力/ヒオカ 構成/坂口彩
坂口 涼太郎