〝自分の1冊〟手渡したい 「母の味」の赤だし味噌だれで味わう、名前のない鍋
さて照代さん、大学時代に司書と司書教諭の資格を取得していた。小さい頃から大の本好きで、「いつか本に関わる仕事を」という思いがずっとあったようだ。 公立や大学の図書館で働くうち、幼少期の読書環境の大事さを痛感することが多く、小学校で働く道を選ぶ。 「本って読まない子は読まないと思われがちですが、“自分の1冊”に出合うと変わるんです。私ね、用が無くても入ってきたくなるような図書室を作りたかった。本との出合いが家庭でない子には図書室しかないんですから」 だが図書室の利用時間がごく限られる学校もあれば、人員不足で整理のままならない学校もある。「学校図書館格差」をなんとかしたい、図書室をもっと楽しく魅力的な場所にして、子どもそれぞれの興味に合った本が見つけやすい環境を整えたい。意欲に燃えた。 「本って“手渡す人の存在”が必要なんです。子どもの特性を見て、何をしていると時を忘れるのかていねいに聞いて、ぴったりな本を手渡す。興味のあることは多少むずかしくても読めます。そして仲のいい子が『あの本面白かった!』っていうと、興味のない子でも読んでみたくなる」 やりがいを強く感じたが、校長や市の方針によってもできることは限られる。もっと自由に本と人とを繋げる場所をつくりたい。近い将来に絵本の専門店を開こう、という夢を持った。 「そしたら夫が『早めにやってみたら』というんです。もしうまくいかなくても、自分が働いている間だったら生活もなんとかなるし、帰ってこられる場所があるわけだから、って」 聞いていて思いの温かさに心がうずく。いいご夫婦だなあ……。 「単身赴任していたとき、私が『やっぱり家族一緒に暮らそう』と言い出したのが本当にうれしかったらしくて。当時はそんなこと全然言わなかったのに(笑)」 夫さん、少しでも早く夢を叶えさせてあげたかったよう。思いの素敵なキャッチボールである。 「早く煮えるよと聞いていた大根、本当に早く煮えました!」 照代さんが驚きつつうれしそうな声を上げた。青果店のご主人が「早煮えで味がいい」と太鼓判を押してくれた大根だったらしい。 続いて出してくださったのが、「おでんといえばこれがセット」という菜めし。そうだ、東海地方では「味噌田楽に菜めし」が郷土の味で有名だったなあ。 照代さんは大根の葉を刻んで醤油で軽く炒め、ごはんに混ぜて作られていた。大根と葉の両方を一度に使える組み合わせでもある。 いただいてみれば、醤油はほんのり香る程度。出汁のうま味がしみ込んだおでんにコク深い甘めの味噌だれがよく合う。 さっぱりした味わいの菜めしといいペアで、伝統的に愛されてきたセットの妙を思った。 さあ、夢を実現させるまでのつづき。 お店をつくる場所は、かつて転勤で暮らした岡山県に決めた。倉敷というまちの雰囲気や波長にしっくりくるものを感じられたよう。 いざ探してみたら理想的な物件や建築士の方との出合いもあり、話はとんとん進み、2016年『つづきの絵本屋』はオープンする。 「続きを知りたくなるような本と出合えるという思いと、自分の名字をかけて店名にしました。倉敷の人たちにも助けられましたね、すぐに受け入れてくださって。本を売るだけじゃなくコミュニティの場にしたいという思いがありました。本好きが繋がる場にもなってきて、願いは叶っています」 好奇心や探求心、バイタリティがいっぱいに詰まっているのを照代さんと話していて感じる。きっと、新たな夢もお持ちに違いない。 「いつか絵本のテキストを書けたらいいな、と思っています」 にっこり笑いながら教えてくれた。どんな話が本の中に広がるのだろう。 「さく つづきてるよ」の文字が載った絵本を楽しみに待ちたい。 <取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター。「暮らしと食」をテーマに、忙しい現代人のための手軽な食生活のととのえ方、より気楽な調理アプローチに関する記事を制作する。主な著書に『自炊力』(光文社新書)『台所をひらく』(大和書房)など。2023年10月25日に『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)を出版>