〝自分の1冊〟手渡したい 「母の味」の赤だし味噌だれで味わう、名前のない鍋
明朗で話好き、初対面から相手をまったく警戒させない。照代さんとお会いしてそんな印象を持った。 お店では絵本の読み聞かせもよくされるそうだが、子どもたちを自然とワクワクさせるような雰囲気づくりもうまそう……なんて想像をしつつ、料理されるさまを見ていた。 大根の皮が次々にスイスイとむかれていき、動作に無駄がない。包丁が手になじんだ人の料理だ。小さい頃から料理はされていたという。 「両親は商売で忙しかったから、子どもたちもよく料理していたんです。祖母から料理のほか、編みものや百人一首なんかも習いましたね」 話をしながら手がよく動く。こんにゃくに切れ込みを入れて鍋に入れ、ちくわ、豆腐、ゆでたまごも詰めていく。かつおと昆布の出汁を張って煮始めた。 出汁と醤油、そして大根や練りものの香りがだんだんと煮合わさって、おでん独特の香りが部屋に満ちてくる。 これが照代さんが子どもの頃から、そして照代さんのお子さんたちも嗅いできた「家のにおい」のひとつなのだろう。 25歳で結婚するまで地元の愛知県で暮らし、それから長いこと夫の転勤に伴う生活が続いた。 鹿児島、大分、岡山、栃木、埼玉と各地をめぐりながら二子に恵まれたが、転居と転校の連続は大変だったのではないだろうか。 「上の子どもが中学のときには1年ほど単身赴任してもらったこともあるんですが、やっぱり親って子の成長を一緒に見てなんぼだな、思春期の間は一緒にいようと思ったんです。『お父さんなんて私のことをそんなに知らないくせに』と大きくなって言われたら、かわいそうだから」 家族はまた一緒に暮らし始める。そして照代さんは現在の絵本店経営につながる仕事も始めていた。図書館の勤務である。 と……ここまで伺ったところでまた別の食欲を誘う匂いが漂い出す。鍋のとなりで炒めているのはひき肉だろうか? 「おでんに付ける肉味噌を作ってるんです。合いびき肉を炒めて、赤だし味噌と水、砂糖を加えて煮詰めれば完成。これは母の味ですね。お店が忙しかったから、母が料理するときは一度にたくさん作っていました」 煮ものなんか大量に作ってた、母は(お客さんに売るのが)上手な人でしたねえ……としばし遠い目になりつつ、教えてくれる。ご両親はもう他界されているとのことだった。