ドジャース・ロバーツ監督の評価は? 監督独断で決める時代が終焉したメジャーリーグの変化
【監督の采配の背景にある現在のMLB事情】 もっとも、筆者がこんなふうに過去の出来事をくどくどと書くのは、今ここで、ロバーツ監督が無能だと言いたいからではない。実際に伝えたいのはこういった采配ミスが、実はロバーツ監督ひとりの責任ではないという事実だ。 MLBの野球は、変わった。編成本部長やGMが率いるフロントオフィスが膨大なデータを解析し、ラインアップの編成や試合中の交代など、ほぼすべての戦略を策定し、試合の進行を事前に決定する。監督はその指示に基づいて采配を振るう役割を果たす。おそらくヒルはもっと早く代える想定だっただろうし、ビューラーのあとは、チームの看板選手カーショーで勝負する腹づもりだったのだろう。 しかし、監督はフィールド内で選手たちと直接接し、試合の流れを肌で感じ取る立場にある。経験豊富な監督は、その勝負勘や直感をもっと生かすべきだと、部外者は感じる。長い間、メジャーの野球はそうだったし、筆者がメジャーリーグの取材を始めた1997年当時もトニー・ラルーサ(現在79歳)やルー・ピネラ(同81歳)といった大監督がすべてをひとりで決めていた。当時監督の平均的な在任期間は7.2シーズンで、中央値は6シーズン。監督には経験が最も求められる要素だった。 だが21世紀になり、セイバーメトリクス(データを元に客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法)の考え方が浸透し、情報量が年々増加するなかで、ひとりの人間の脳では情報を整理しきれないレベルに達してしまった。加えてセイバーメトリクスの研究が進むにつれ、経験に基づく(と思われていた)監督の采配が必ずしも勝利に結びついていなかったことが、2006年のジェームス・クリックの著書『Baseball Between the Numbers』などで立証されていく。 こうして大監督の時代にピリオドが打たれた。MLBきっての知将と言われ、19年間もロサンゼルス・エンゼルスを率いたマイク・ソーシア(現在65歳)は、大谷翔平のメジャー1年目となる2018年シーズンの後に退任を余儀なくされ、その後、他球団からのオファーはなかった。2019年、筆者が当時シカゴ・カブスにいたジョー・マドン監督(同70歳)をインタビューした時、こう説明してくれた。 「以前はチーム内のことは監督がすべて支配していて、GM(ジェネラルマネジャー)はクラブハウスに顔を出すのにも気を遣っていた。それを見て監督が怒り出すかもしれなかったからね。1980年代はそうだったし、1990年代くらいから徐々に変わっていったのだと思う。 そして今は、現場とフロントが共同でチームを動かす時代。監督はフロントと協力して指揮を執る術を学ばねばならない。プラス、監督と選手の関係も大きく変わった。以前のように、一方的に命令を下すのではなく、向かい合って起用法などについてきちんと説明する。高圧的な態度で威嚇するなどもってのほか。選手といかに上手にコミュニケーションを取り、伝えたいことを円滑に伝えるかが、監督業を成功させる最も重要な要素。コミュニケーションを取れない人は監督を続けられない」 そのマドンも2020年からエンゼルスの監督に就任したが、2022年のシーズン中に解雇された。フロントと考えが合わず、亀裂を修復できなかった。解任後、「今はゲームがフロントにコントロールされすぎていて、球場に行って野球を楽しむこともできない。データが多すぎるし、それに支配されすぎる。それが、人々が以前のようにゲームに入り込めない理由になっている」と現在のトレンドを批判している。 対照的に若い世代の監督は、変化を受け入れている。48歳のクリス・ウッドワードはシアトル・マリナーズ、ドジャースでコーチを務めたあと、2019年から2022年はテキサス・レンジャーズで監督を務めた。彼はこう説明した。 「かつてはベテラン監督の経験が重視されていたが、現在では決定がデータ主導で科学的な分析に基づくようになっている。経験が常に正しいとは限らず、今後も(経験が)必ずしも正しいとは言えない。むしろ、データによるサポートが大きくなり、監督としての負担が軽減されるとともに、仕事がしやすくなっている部分もある」 つづく
奥田秀樹●取材・文 text by Okuda Hideki