チュ・ジフンはなぜ映画・ドラマを横断する俳優になれたのか “若造”役で得た芝居の重み
ディズニープラスで4月10日から配信開始となったオリジナルドラマ『支配種』。物語は、人口培養肉を取り扱う企業であるBF社のCEOユン・ジャユ(ハン・ヒョジュ)の乗った車に、ある人物が高架道路の上から投身し亡くなるという衝撃的な事件からスタートする。BF社が畜産農家の市場を奪ったために、ユン・ジャユを恨む人々は世界中に存在していたのだ。 【写真】チュ・ジフンの主演映画『ジェントルマン』 その事故の現場に居合わせたのが、元軍人のウ・チェウン(チュ・ジフン)だった。彼はユン・ジャユにボディ・ガードとして接近するのだが……というサスペンスドラマ。脚本は『秘密の森』のイ・スヨン、監督をパク・チョルファンが務めている。 有能な軍人として、普段は冷静な表情を見せるウ・チェウンだが、ボディガード採用の最終テストでは、ホログラムの相手と格闘する華麗なアクションも見せる。演じるチュ・ジフンのデビュー時期は2000年代中盤で経歴は長い。このコラムでは、チュ・ジフンの過去の作品を振り返ってみたい。 モデル出身であったチュ・ジフンは、いくつかの短編ドラマなどに出演した後、韓国に王室があったとしたらという世界を描くドラマ『宮~Love in Palace~』(2006年)で、皇太子役としてユン・ウネとともに主演。回を追うごとに視聴率は上昇し、最高視聴率27%を記録した。 ペ・ヨンジュンなど、当時の四天王と呼ばれた俳優たちは主に1970年代生まれであったが、1982年生まれのチュ・ジフンは新たなスターとして日本の韓流ファンにも人気となり、『宮』の放送時の韓流雑誌の表紙を数多く飾り、5000人クラスのホールでのファンミーティングを行っていた。当時、韓流の取材を多く行っていた筆者からすると、その人気は凄まじかったのだ。 その後、『西洋骨董洋菓子店』を原作とする日本との合作映画『アンティーク 西洋骨董洋菓子店』(2008年) や『キッチン 3人のレシピ』(2009年)にも主演。兵役などで空白の期間があったが、除隊後に出演した映画『私は王である!』(2012年)や、ドラマ『蒼のピアニスト』(2012年)も話題となった。 『アシュラ』予告編 彼にとっての転機はいくつかあると思うが、映画界において転機となったのではないかと思われるのが、2016年の映画『アシュラ』ではないだろうか。この作品でチュ・ジフンは、チョン・ウソン演じる主人公の刑事・ドギョンを慕う後輩刑事役を演じた。 当時のチュ・ジフンは30代前半。この年代の俳優、特に韓流ブームの最中にドラマで人気を得た俳優が、新たなイメージを掴むのはたやすいことではない。 というのも、映画界は『アシュラ』にも出ているチョン・ウソンやファン・ジョンミンなどのベテラン俳優の層が厚く、チュ・ジフンのような世代の俳優が生き生きとできる役は少なかった。 また、先述のチョン・ウソンやファン・ジョンミンのほかに、イ・ジョンジェやハ・ジョンウ、チョ・ジヌンなどが活躍するような、「韓国映画」の中に、ドラマ出身の若手もしくは中堅俳優が入り込むのは難しい。韓国はいまでこそ、Netflixやディズニープラスなどの登場で規模の大きなドラマが作られるようになり、監督、俳優ともに映画界とドラマ界を行き来するようになり、その垣根はなくなりつつあるが、つい最近までは、映画監督がドラマを演出することも少なかった。映画俳優はほとんどドラマに出なかったし、ドラマ俳優が「ザ・韓国映画」に出演する事例も少なかったからである。 しかしチュ・ジフンは、『アシュラ』という作品があったことで、彼らと同世代のドラマ出身の人気者の中では、比較的すんなりと映画の群像劇の中のひとりを演じる俳優の仲間入りをしたのではないだろうか。 彼が韓国の映画スターの仲間入りしたことを最も体現しているのが2017年、2018年の2部作『神と共に 第一章:罪と罰』と『神と共に 第二章:因と縁』だろう。累計2700万人の動員を誇る大ヒット作となったこのシリーズでは、ハ・ジョンウやチャ・テヒョン、イ・ジョンジェやマ・ドンソクなどの韓国を代表するスターたちと共演。この作品でのチュ・ジフンは、デビュー当時のイメージに近い、ちょっと「すっとぼけた」コミカルな部分もある役柄を演じ、新たなファンをつかんだのではないだろうか。 『神と共に 第二章:因と縁』キャラクター映像 その後も、映画『工作 黒金星と呼ばれた男』(2018年)では、北朝鮮国家安全保衛部課長という役を演じ、ファン・ジョンミン演じるスパイの主人公を堂々と憎たらしいほどに追い詰めていた。 チュ・ジフンと同世代で韓流ブームの頃に人気を博した俳優にコン・ユやヒョンビンなどが存在しているが、コン・ユは兵役中に自らが原作となった小説に惚れ込んで企画から参加した『トガニ 幼き瞳の告発』に自ら主演し、俳優として別のステージに立った。ヒョンビンもずっと主演にこだわってやってきた俳優だ。 しかし、チュ・ジフンはドラマや映画で主演もしつつ、先輩俳優が主演する群像劇の韓国ノワールの中でヴィランとまではいかないが、小憎たらしい若造や、しぶとい若造など、ありきたりではない「若造」ポジションを演じてきた。そのことが俳優としての多面的な部分を引き出し、そこから『暗数殺人』(2018年)のような強烈な役で主演することにもつながったのではないだろうか。 Netflix『キングダム』予告編 ドラマでは、先輩俳優(ファン・ジョンミンやチョン・ウソンと同世代である)のキム・ヘス相手にロマンスを絡ませつつも鼻持ちならない若手弁護士を演じた『ハイエナ』もチュ・ジフンを語る上ではかかせない一作だろう。また近年は、Netflixの『キングダム』シリーズや『智異山~君へのシグナル~』、そして今年配信された『支配種』など、彼が主演するドラマのスケール感もどんどん大きくなってきている。 そんな中、今年は主演映画『ジェントルマン』が日本で公開されたばかりだが、続いて『ランサム 非公式作戦』も9月に日本公開となる。この作品では、『神と共に』でもタッグを組んだハ・ジョンウと再共演。ド派手なアクションも見どころの本作だが、当初の彼の魅力のひとつである、「すっとぼけたコミカルな味わい」も感じられる役のようで、プライベートでもお互いを親友と認め合っているハ・ジョンウとの息の合ったかけあいも楽しみだ。
西森路代