いま、世界中で発生している「国威発揚」現象…その「ヤバすぎる実態」
「プロパガンダの現場」に足を運ぶ大切さ
今日、プロパガンダといえば、もっぱらネット空間の分析に費やされる。 その理由は、X(旧ツイッター)やユーチューブなどを覗けば一目瞭然だろう。そこでは、政治と文化が絡み合ったコンテンツが溢れ、デマや誹謗中傷が飛び交い、さまざまな党派が動員を競い合っているからだ。 ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争のみならず、国内外の選挙をめぐっても同様の角逐が見受けられる。こうした現象は、情報戦、文化戦、宣伝戦、思想戦、歴史戦、認知戦、制脳戦などと、さまざまな用語で語られている。 とはいえ、「SNS戦争」の分析はもはややり尽くされた感が否めない。結論も、「デマに踊らされるな」「リテラシーやファクトが大事」「極端な意見に走ってはいけない」あたりで相場は決まっている。 わたし自身、近現代史研究者や評論家として、そのような問題に十分取り組んできたという自負もある。 そんななかで、ネット空間にくらべて現実空間の分析は意外と近年掘り下げられていなかった。そこで、マンネリ化を打破するためもあり、わたしはあえてリアルな現場へと足を運び、新しい視点を獲得することをめざしたのである。 取材期間の大部分がコロナ禍の期間にあったこともそれを後押しした。 コロナ禍のなかで、移動や集会の自由がやすやすと蔑ろにされることにわたしは大きな疑問を感じていた。また戦時下の統制についてふだん批判的なことを口にしていたひとびとが、目の前の行動制限に強く抵抗しなかったことも驚きだった。 歴史の教訓は口先だけではなく、実践をともなわなければならない。わたしは同調圧力に抗う意味でも、ほぼ毎月のようにどこかに出かけて取材を重ねた。フリーの物書きとして、自由に行動できるその立場を生かすべきという使命感もあった。
「不純な歴史」に正面から向き合う
こうした取材を踏まえ、わたしは本書で国威発揚という概念を導入することにした。 プロパガンダという用語はたしかに人口に膾炙したものの、その限界もまた浮き彫りになりつつある。プロパガンダは政府や政党などが組織的に行う政治宣伝を意味する。それゆえ、どうしても公的機関の「上からの統制」に注目が集まり、民衆や企業などがさまざまな動機で自発的に関わる「下からの参加」が軽視されやすい。 だが、現代社会の大きな動きを捉えるためには、公的機関の動きに注目するだけでは十分ではない。このことはコロナ禍を振り返れば理解しやすい。人流の抑制には政府の取り締まりだけではなく、民衆の「自粛警察」行為なども欠かせなかった。 同様に、戦時下の社会も、また現在の国威発揚も、民間の積極的な参加を抜きにして考えることはできない。 そこでわたしは、政治と文化の複雑な結びつき全体を、「上からの統制」「下からの参加」を含めて余さず捉えるために、国威発揚という用語を用いることにしたのである。 もちろん、政治と文化の結びつきはナショナリズム以外の文脈でも生じうる。だが、現在は愛国心が再評価され、国民国家の役割が見直されている時代でもある。したがって、歴史や文化の戦場を取り上げるならば、国威発揚という用語がもっとも適切だと考えた。 そしてわたしは今回、こうした国威発揚現象を取材するうえで「不純な歴史」に正面から向き合うことに強くこだわった。 愛国的な物語や神話のたぐいは「つくられた伝統」だと批判され、ファクトにもとづかない俗説としてすぐに切って捨てられやすい。だが、歴史や社会はしばしばその俗説とされるものに動かされてきた。 たとえば、神武天皇が唱えたとされる八紘一宇という理念は、歴史の専門家からは取るに足りないものと笑われるのかもしれない。だが、この理念ほど日本社会に影響を与えたものも少ないのであって、それにくらべれば最新の学説なるもののほうがかえって蜉蝣の命にすぎない。 そのため本書では、国威発揚にまつわるものごとを頭ごなしに否定しない。ただし、それを手放しで礼賛することもしない。言い換えれば、「二流」「三流」と見下される史跡にも真剣に向き合い、それを軽視することなく、と同時にそれに飲み込まれることなく、内部に入り込んでいく。こうした取り組みこそが、戦後80年と昭和100年の節目を迎えようとする今日、きわめて重要だと考えるからである。 なお本書は、国威発揚現象を成り立たせる5つの要素「偉大さをつくる」「われわれをつくる」「敵をつくる」「永遠をつくる」「自発性をつくる」にもとづいて構成されている。ただ、かならずしも取材の順序に沿った流れではないので、読者は興味のある章から読み進めていただいてもかまわない。どのページを開いても、ふだんは足を踏み入れることのない国威発揚の現場が広がっているはずだ。 さらに、こちらの記事<「日本の初代天皇」とされる「神武天皇」のお墓がどこにあるか知っていますか>では「戦前の日本」の知られざる真実をわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。
辻田 真佐憲(文筆家・近現代史研究者)