親子間の精神的ハラスメント、男性の生きづらさ、男女格差…現代的な問題が詰まった家族小説(レビュー)
古希を過ぎた秋代はすでに夫を亡くして一人暮らし、三人の子供たちとは絶縁状態だ。そこに長女の巴の婚約者を名乗る、未彩人という青年が挨拶にやって来る。かなり調子のよい男で、これは詐欺では、と読者に思わせて始まるのが星野智幸の『だまされ屋さん』だ。その後秋代の家に通い出す彼だが、終盤になって明かされるその正体は意外。
秋代の長男は事実婚の妻と二人暮らし、長女はシングルマザー、次男は自身の借金が見つかってからは妻子を放って引きこもり状態。ある時、ひょんな流れで巴の家に家族が集結し、本音のぶつけあいに発展していく。ここが読みどころ。それぞれの長年のわだかまりが浮かび上がるが、その会話の中に親子間の精神的ハラスメント、男女格差、男性の生きづらさ、その他もろもろの現代的な問題が詰まっているのだ。特に「正しさ」を重んじて苦しんできた長男の独白は圧巻。 個々人が言葉を発すること、相手の言葉を聞くことの必要性を叩きつけてくる本作。アットホームな家族小説とはいえないが、徹底的に会話を重ねた先の爽快感と解放感を抱かせてくれる長篇だ。
藤野千夜『じい散歩』(双葉文庫)では長男が引きこもり。主人公の新平は八十八歳、一歳下の妻には認知症の兆候がある。息子は三人とも五十歳前後の独身。長男は先述の通りで自称「長女」の次男は彼氏と暮らし、三男は事業に失敗して実家に戻ってくる。新平が振り返る自身の歴史や、家族の日常が可笑しみたっぷりに語られていく。息子たちを支配せず彼らの生き方を受け入れている父親像に、ふとこちらの心も軽くなる。本作は続篇『じい散歩 妻の反乱』(双葉社)も刊行されている。
寺地はるなの家族小説『水を縫う』(集英社文庫)の長男、清澄は高校一年生。手芸が趣味だが、中学生時代に「女子力高過ぎ」とからかわれた苦い思い出がある。そうした類いの世間の偏見や決めつけに対する違和感とそこからの解放が、家族それぞれの立場から描かれていく。第9回河合隼雄物語賞受賞作。 [レビュアー]瀧井朝世(ライター) 1970年生まれ、東京都出身、慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経てライターに。WEB本の雑誌「作家の読書道」、文春オンライン「作家と90分」、『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。2017年10月現在は同コーナーのブレーンを務める。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社