「他には誰にもしゃべるな。3人だけの秘密だ」オウム真理教の実験棟で作られていたサリンを解明した男
---------- 30年を超える記者生活で警察庁・警視庁・大阪府警をはじめ全国の警察に深い人脈を築き、重大事件を追ってきた記者・甲斐竜一朗が明らかにする刑事捜査の最前線。最新著書『刑事捜査の最前線』より一部を連載形式で紹介! 動かない瞳孔を見て、地下鉄サリン事件の“犯人”を29分で解明した男 前編記事<「ここ夜みたいに真っ暗ですね」動かない瞳孔を見て、地下鉄サリン事件の“犯人”を29分で解明した男> ----------
オウム真理教の施設から出てきた資料
地下鉄サリン事件発生から4日後の3月24日。服藤は刑事部参事官の廣畑史朗から刑事部対策室に来るよう電話で呼び出された。刑事部対策室は、警視庁本部庁舎6階の刑事総務課内の奥にある隠し部屋のような場所だ。報道協定が結ばれるような誘拐事件が起きると、警視庁はこの刑事部対策室に対策本部である「L1(指揮本部)」を設け、刑事部長ら幹部が陣取る。 刑事部対策室に入ると、廣畑のほか、刑事部長の石川重明や刑事総務課長ら当時の刑事部幹部が顔をそろえていた。警視庁は2日前の22日、捜査1課と大崎署が目黒公証役場事務長拉致事件の逮捕監禁容疑で、当時の山梨県上九一色村(現富士河口湖町、甲府市)などにあるオウム真理教の施設を一斉に家宅捜索し、多くの資料を押収していた。 廣畑らは「薬品はいっぱい出てくるし、プラントはあるわ、実験室は訳が分からないわ」などと家宅捜査の結果を説明。服藤が渡された押収品目録交付書には、薬品や化学物質のほか実験ノートやフロッピーディスクなど大量の押収品が並んでいた。化学の知識がない捜査員が大崎署で押収品の読み込みに当たっていたため、専門家である服藤に白羽の矢が立ったのだ。科捜研から刑事部対策室に特別派遣されてオウム真理教捜査の専従となり、26日には押収品の分析、解明のために大崎署に入った。 この日は日曜日だったが、何時間もかけて段ボール箱5つぐらいの資料を読み込み、必要なものをコピーして刑事部長の石川の部屋に持ち込んだ。すでに夜になっていた。服藤が解析した実験ノートやフロッピーディスクから明らかになったのは、サリンに関わる沸点や融点を測定したデータ、金属爆弾やレーザー銃の製造記録、致死性毒ガス「イペリット」や禁制薬物、プラントの設計図、把握していなかった信者の名簿、海外に逃亡するためのパスポート取得の手配など……。 深夜までかかった説明を聞き終えると、驚きを隠せない石川は「いまの話をA4で2~3枚にまとめ、明日、警視総監に説明してくれ」と求め、さらにこう付け加えた。「明日から思ったことを好きなようにやっていい。オウムの科学を解明してくれ。どこに行っても何でも見られるように手配する。1日に1回だけ報告に来て、私に話したことは寺尾1課長にも説明してほしい。他には誰にもしゃべるな。3人だけの秘密だ」。服藤が部長室を出たときには27日午前零時を過ぎていた。