田に濁流、寒さも…「春の田植え、考える余裕ない」穴水町の被災農家
「『今年も米を作ろう』なんて考える余裕がないです」。石川県の能登半島地震で大きな被害を受けた穴水町甲地区。大きく傾いた自宅の前で、農家の泊一夫さん(75)が言った。50アールの田には津波が漂流物とともに押し寄せ、週末からの雪に白く覆われていた。 【画像】津波が押し寄せた田と地震で倒壊した家屋 年末から帰省していた10~20代の孫3人と妻のひろ子さん(74)とで「夕飯はカキ鍋にしようか」と居間で話していた1日夕、激震が襲った。大地の底から突き上げてくるような激しい揺れに、床にはいつくばるのが精いっぱいだった。 揺れはおさまり、全員の無事に安堵(あんど)したが、築100年の家は基礎から傾いていた。奥能登に1メートル前後の津波が押し寄せたのは十数分後。余震が続く中、濁流は七尾北湾の入り口にある地区の水田地帯をはうように上ってきた。食料や衣服など持ち出す余裕もなく、高台に逃れた。 地区は農家が多い。どの家も古く、何かに押しつぶされたように倒壊していた。みんなで声をかけ合って無事を確認し、避難所では米や野菜など保存していた食料を分け合う。 一方、同町では9日までに8歳の子どもを含む20人の死亡が確認された。近くの由比ケ丘地区では連日、消防隊員らが倒壊家屋の下敷きになっているとみられる80代と50代の母子の捜索を続けたが、9日に遺体で発見された。 甲地区の避難所には支援物資が届いているが、氷点下に迫る夜の寒さは厳しく、農業も暮らしも元に戻る見通しはない。それでもひろ子さんは言った。 「まだ肉親に会えない人もいる。家族で一緒に過ごせることがどんなに幸せなことか」 (佐野太一)
日本農業新聞