22歳が味わった2度の挫折「現実的に厳しい」 無念の帰国、五輪落選…湘南で示した成長【コラム】
札幌戦でゴールを決めた湘南の田中聡、不敗神話を継続している
J1残留を決めた今シーズンの湘南ベルマーレで“不敗神話”が継続されている。不動のアンカーとして中盤の底に君臨する、22歳の田中聡がゴールを決めた5試合で3勝2分け、味方のゴールをアシストした4試合では2勝2分けと実は一度も負けていない。ホームのレモンガススタジアム平塚に北海道コンサドーレ札幌を迎えた、9日のJ1リーグ第36節でも伝説は健在だった。 【動画】「打ったことがよかった」田中聡が札幌戦で決めた強烈左足シュートの瞬間 両チームともに無得点で迎えた後半5分。敵陣の左サイドから、MF小野瀬康介が札幌ゴール前で待つFW鈴木章斗へクサビのパスを入れる。DF岡村大八を背負っていた鈴木は、右足を軽くヒットさせてボールを落とす。パスに込められたメッセージを、後方にいた田中はしっかりと感じ取っていた。 「章斗からいい落としで、シュートを打て、みたいなパスがきたので、思い切って打ちました」 ゴールまでの距離は約20メートル。それでも田中が迷わずに利き足の左足を振り抜く。アウトサイドから放たれた一撃はゴールの枠を外れていたが、ブロックに飛び込んだDF大崎玲央の左太ももをかすめてコースを内側に変えて、ゴールの左隅へと吸い込まれた。今シーズン5ゴール目を、田中が照れくさそうに振り返った。 「相手に当たって入ったので、ラッキーゴールというか。でも、打ったことがよかったと思いました」 今シーズンが始まる前に、個人的な目標として「3ゴール3アシスト」を掲げた。湘南ベルマーレU-18時代に2種登録され、湘南の公式戦に出場しはじめたのが2020シーズン。以来、リーグ戦における自己最高成績は、トップチームに正式に昇格した2021シーズンの2ゴールが唯一にして最多だった。 その間の2022-23シーズンには、ベルギーのコルトレイクへ期限付き移籍した。念願の海外移籍に胸を躍らせたものの、公式戦出場16試合で無得点と爪痕を残せず、完全移籍へ移行するオプションも行使されなかった。 新天地探しを断念して、湘南へ復帰したのが昨年6月。クラブを通じて発表したリリースのなかで、田中は「自分にとって、海外でプレーするのはまだ早かったと感じています」と自虐的な思い綴っている。 ベルギーの地で何を感じたのか。後半アディショナルタイムに勝ち越しゴールを奪い、首位にいたサンフレッチェ広島を2-1で撃破した10月19日の第34節後。田中はこんな言葉を残している。 「海外では点を取れるボランチが、どんどんステップアップしていくのを見てきました。ベルギーに行く前の自分にはそういったプレーが本当に少なかったので、得点やアシストでチームを勝たせられるようなプレーをこれからも出していきたい。練習でもそういったプレーを意識していますし、監督からも要求されているので」 周囲から巧いと思われる選手ではなく、対戦相手に常に怖さを感じさせる選手になる。ベルギーで募らせた悔しさが、客観的には物足りなく映る「3ゴール3アシスト」という今シーズンの目標に反映されていた。そして、リーグ戦が残り2試合となった時点で「5ゴール4アシスト」という数字を残している。 「あと1ゴール、1アシストくらい取れたら、と思っています。監督だけでなくチームのみんなが、どんどんシュートを打てと言ってくれるので、そういう影響もあって意識的に打てるようになりました」 目標を上方修正した田中を内側から変えた、もうひとつの悔しさがあった。パリ五輪に挑んだU-23日本代表に名を連ね、2-0で勝利した3月のU-23ウクライナ代表との国際親善試合(北九州スタジアム)では、ダメ押し点となる待望の初ゴールを決めた。しかし、本大会に臨むメンバーには残れなかった。 もっとも、U-23マリ代表とも対戦したU-23代表の3月シリーズで、田中は2試合ともにベンチスタート。さらにつけ加えれば、22人を数えたU-23代表のフィールドプレイヤーのなかで最後に出場機会を得た選手だった。後半22分から途中出場し、9分後にゴールを決めたウクライナ戦後にはこんな言葉を残している。 「練習中から薄々気がついていたというか、チーム内における自分の立ち位置というのは自分自身が誰よりもよく理解していました。もちろん悔しい気持ちはありましたけど、別にメンタル的に落ち込むわけでもなかったし、焦れるわけでもなかった。自分自身を客観的に見られていたのはよかったと思っています」 中盤の守備的なポジションには、ともにシントトロイデン(ベルギー)でプレーするキャプテンの藤田譲瑠チマと副キャプテンの山本理仁が君臨。さらに京都サンガF.C.の川﨑颯太、最終的には選外となって大きな話題を集め、いま現在はトルコのギョズテペでプレーしている松木玖生らが続いていた。 最激戦区のポジションで、巻き返しを図るには時間が足りないと感じていたからか。今シーズン2ゴール目をペナルティーエリア外からの鮮やかなミドルシュートで突き刺し、引き分けに持ち込んだ6月26日の川崎フロンターレ戦後に、目前に迫っていたパリ五輪代表メンバーの発表へ向けてこう語っている。 「現実的には厳しいと思う。ただ、サッカー人生はオリンピックだけじゃない、とも思っている。ここから先、A代表に入っていくとか、あるいは再び海外挑戦できるように湘南で頑張っていきたい」 パリ五輪を通過点ととらえたとき、守備的な中盤でA代表を目指していくうえで、おのずと新たな目標が見えてくる。湘南のアカデミーの大先輩であり、2016年のリオデジャネイロ五輪を戦ったU-23代表に続いて、2026年の北中米ワールドカップ出場を目指す森保ジャパンでもキャプテンを担う遠藤航(リバプール)だ。 どちらかといえば寡黙な性格だと自己分析しながら、田中はこんな言葉を残したことがある。 「自分は遠藤さんのようなリーダーシップを取れるようなタイプじゃないというか、キャラじゃないので。それでも、ピッチ上ではしっかりとコミュニケーションを取っていく力はつけていきたい」 ベルギーやU-23代表で22歳になる前に味わった、数々の挫折を成長への糧に変えてきた。だからこそ、今シーズンの湘南で継続させている“不敗神話”は、田中の成長を物語るバロメーターになる。 「数字がかなりついてきたのはすごく嬉しいですし、充実感もあります。シュートを打てる場面とか、シュートへの持っていき方というのをもう少し工夫したら、もっと数字が伸びるのかなと思っています」 試合後にこう語った札幌戦は、先制後に猛攻を浴びた末に1-1で引き分けた。しかし、1時間遅れで始まったカードでジュビロ磐田がガンバ大阪に敗れたために、湘南の残留が決まった。残留するための条件にピンとこなかったのか。田中は「(札幌に)勝って決めたかったですね」と言いながら、残留のさらに先を見すえた。 「監督は残留よりも『上に行こう』と言ってきたので。残り2試合も勝ってひと桁台に乗せたい」 横浜F・マリノスとの神奈川ダービーとなる30日のホーム最終戦に続いて、12月8日の最終節は現時点で首位に立つヴィッセル神戸のホーム、ノエビアスタジアム神戸に乗り込む。ゴールに貪欲に絡む怖さを身にまとい、チームを勝たせる選手へ変貌を遂げている真っ只中にいる田中が、飽くなき挑戦をさらに加速させていく。 [著者プロフィール] 藤江直人(ふじえ・なおと)/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
(藤江直人 / Fujie Naoto)