超レア改造車が続々! 世界中から2400社が集結の『SEMA SHOW』で際立った日本車の存在感
東京ディズニーシーと同規模の会場に20万人が来場
『SEMA SHOW』はアメリカの自動車用品団体(SEMA=Specialty Equipment Market Association)が主催する、巨大なアフターマーケットの見本市である。1967年に第1回が開催され、58年目を迎えた今年の出展社数は2395社で、期間中の来場者数は20万人を超えた。ちなみに同じく世界三大改造車ショーに数えられる東京オートサロンとドイツのエッセンモーターショーの今年の出展企業はそれぞれ378社と約500社なので、『SEMA SHOW』の開催規模がいかに大きいかわかるだろう。 【画像】す、すごい…!ブロンドヘアーをなびかせる『SEMA SHOW』の美しきコンパニオン 今年は日本時間で11月6日~9日にかけて開催された。会場となるラスベガスコンベンションセンターも巨大だ。屋内の展示スペースは合計で約29万㎡あり、屋外でも駐車場の隅々まで展示スペースが広がっていた。さらに、近隣ではドリフトレースなどのイベントも行われ、会場の総面積は50万㎡を超える。これは東京ディズニーシーとほぼ同じ広さとなる。 広大な会場を繋ぐ移動方法もド迫力だ。ホール間の移動は、’21年に完成した無料シャトルサービス『VEGAS LOOP』を利用する。これはイーロン・マスク氏の『ボーリングカンパニー』が運営するもので、なんと会場地下に巨大トンネルが張り巡らされており、ここをテスラ車に乗って移動するのだ。近い将来は自動運転になる予定だが、今年はまだドライバーが運転していた。 そのなかでも抜群の注目度を誇ったのが『トヨタ』だ。ブースがメインのセンターホール入り口に配置されたことからも、人気の高さがうかがえた。『トヨタ』は全米乗用車販売台数1位のカムリ(25万4832台)と同じくSUV1位のRAV4(38万9718台)を有しておりアメリカでも圧倒的な支持率を誇る。 ほかにも今年待望の発売となったランドクルーザー(日本名ランドクルーザー250)をはじめ、タンドラ、タコマ、セコイア、4ランナーなどの4×4(オフロードタイプの4輪駆動車)をベースにした迫力のカスタムモデルたちが華々しくデビュー。ブースは常に黒山の人だかりで異常なほどの盛り上がりをみせていた。 コロナ禍で見合わせていた日本からの出展社もほぼ復活した印象だったが、注目を集めたのは大企業の新製品だけではない。アメリカ人も驚愕の職人技を見せつけたのは、『IZAWA ART DESIGN』の代表で、至高のカスタムペインターである井澤孝彦氏が手がけた「メタルインパラ」である。アメリカでも大変人気のある1958年型シボレー・インパラに独自開発のメタルペイントを施し、その上で車体の隅々まで手彫り彫刻(エングレービング)を施すという前人未到の技が光る。 ’20年にはサンディエゴ自動車博物館で、’24年6月からはアメリカ西海岸最大のピーターセン自動車博物館にて約1年間の展示が始まっている。いずれも日本人初の快挙だ。その職人技を見るために、ブースには長蛇の列ができていた。 なお、日本からの空輸費用はなんと片道約500万円。今回の『SEMA SHOW』での展示はピーターセン博物館に展示中のインパラをラスベガスの会場まで移動して実現したそうだ。 ◆『SEMA SHOW』を席捲した日本車の歴史 筆者が『SEMA SHOW』の取材に初めて訪れたのは30年以上前の1993年のことだ。’90年代には日本車のデモカーも日本企業の出展もほぼなく、巨大なピックアップトラックや4×4、マスタングやコルベットなどのいわゆる「マッスルカー」が出展の大半を占めていた。日本車のデモカーが急増したのは約10年前で、スカイラインGT-Rをはじめとする’80~’90年代の日本製スポーツカーの価格が高騰し、アメリカ人の憧れになった時期に重なっている。 『SEMA SHOW』における日本車人気はどのように変化してきたのか。出展から20年を迎える世界的サスペンションメーカー『TEIN(テイン)』の米国GM・中井克真氏に話を聞いた。 「弊社が初出展した’03年は、(アメリカでの日本車人気の火付け役となった)映画『ワイルド・スピード』の1作目公開から2年経ち、徐々に日本のチューニングが人気となってきた時期です。アメリカでのテイン製品も人気急拡大していた頃でブースも大盛況。『テインつけてるよ!』と声をかけてくれる来場者も大勢いました。この頃はホンダシビックやインテグラの人気が高かったです。 ’06年にシリーズ3作目『TOKYO DRIFT』が公開され、また『フォーミュラドリフト』などのドリフトイベントが始まったこともあり、派手なチューニングや豪快なレースが好きなアメリカにピタリとハマりました。’14年にスカイラインR32GT-Rが輸入解禁となってからは、『SEMA SHOW』にもちょい古めの日本車がドッと増え、以降、活況が続いていますね」 新車でも旧車でも、さらにアメリカ古来のカスタムシーンでも、日本企業と日本の職人技が際立って光っていたのが印象的であった。20万人が熱狂した“車の祭典”の中心には、間違いなく日本の存在があったのだ。 取材・文:加藤久美子
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