【問う 時速194km交通死亡事故 判決㊤】識者「危険運転に数値基準を」 プロドライバー走行実験など前例のない検察側立証 適切な処罰へ「引き続き法改正の議論必要」
「過去の裁判例に基づけば、危険運転致死罪が認められる可能性は40%ぐらいしかないと考えていた」 大分市の時速194キロ死亡事故で「危険運転」の成立を認めた11月28日の大分地裁判決を聞き、刑法学者の一人はそう語った。 同罪の適用のハードルは高いとされる。法定速度の3倍を超える「常軌を逸した猛スピード」でありながら、多くの学者は「従来の法解釈だと、認定は厳しいのではないか」と捉えていた。 検察側の立証は前例のないものだった。 事故から3年3カ月後の今年5月。大分地検と県警は日田市内のサーキット場を使い、プロドライバーに走行実験を依頼した。 「高速走行だと視野が狭まり、前方の車を見落としやすくなる。事故現場の路面はサーキット場と比べて凹凸があり、運転操作が不安定になる」 全ては、危険運転致死罪の認定に欠かせない「証拠」を得るためだった。 11月の公判ではプロドライバーに加えて、視野の専門家も呼び、法廷で証言をしてもらった。判決は実験結果や証言内容を認め、危険運転致死罪で懲役8年(求刑懲役12年)を言い渡した。 検察側が「平たんではない路面」など細かな立証を尽くしたのは、同罪を規定する条文が「進行を制御することが困難な高速度」という曖昧な表現なためだ。過去の裁判は何キロオーバーしたかだけでなく、「道路の状況」などに応じた運転ができていたかどうかを制御困難の基準にしてきた。 大分の事故は、猛スピードの車が直進中、交差点を右折してきた車に激突して起こった。「決して複雑な事故でないにもかかわらず、検察側は立証にかなりの労力を費やさざるを得なかった」。交通犯罪に詳しい東京都立大法学部の星周一郎教授(54)は課題を感じる。 大分県内で2023年に起きた死傷事故は2千件を超える。「危険運転致死傷罪に当たるかどうかを見極めるため、全ての事故に同じような捜査ができるとは思えない」 危険運転致死傷罪の適用の分かりにくさが浮き彫りになった大分の事故などをきっかけとして、法務省は「法定速度の○倍以上で走行した場合」といった数値基準の導入を検討している。 交通事件捜査に詳しい元最高検検事で、昭和大医学部の城祐一郎教授(67)は「数値基準があれば、大分の事故に危険運転致死罪を適用するのは容易だっただろう。迅速で適切な処罰をするためにも、法改正の議論は引き続き進めるべきだ」と話している。 × × × 大分市の時速194キロ死亡事故の裁判員裁判で、大分地裁は11月28日、危険運転致死罪の成立を認めた。処罰基準を明確にする法改正論議が沸き起こる中、現行法で適用する司法判断が示された。判決後の専門家や遺族を取材した。 <メモ>事故は2021年2月9日午後11時過ぎ、大分市大在の県道(法定速度60キロ)で発生した。当時19歳だった被告の男(23)=同市=は、乗用車を時速194キロで走らせ、交差点を右折してきた乗用車に激突。運転していた同市の男性会社員=当時(50)=を出血性ショックで死亡させた。大分地裁判決は、過失運転致死罪の適用を求めた被告側の主張を退け、「路面にわだち割れがあったと推認できる。わずかな操作ミスで事故を起こす危険性があった」として危険運転致死罪の成立を認めた。 【危険運転致死傷罪】進行が制御困難な高速度のほか、▽アルコールの影響で正常な運転が困難▽ことさら赤信号を無視▽妨害目的の運転―といった8類型を定めている。いずれも条文の表現が「曖昧」と各地の被害者遺族が批判している。法定刑は最長で懲役20年で、過失運転致死傷罪の懲役7年以下と比べて格段に重い。