「人質司法を変えるきっかけに」 日弁連が導入訴える「弁護人立会い」 取り調べで何が変わる?
●供述中心主義の刑事司法、人質司法を変えるきっかけに
ーー弁護士会が弁護人の取調べ立会いを求める理由はなんでしょうか? 日本の捜査では被疑者に対し密室で長時間の取調べを行うことが常態化しており、被疑者が憲法上保障されている黙秘権を行使することも難しい状態です。また、取調べは被疑者の言い分を聞く手続のはずですが、実際は捜査機関の見立てを押しつけてそれに沿う供述を獲得する捜査手法となっています。 このような事態を打開し、被疑者の供述の自由が守られることが、虚偽自白によるえん罪や違法捜査を抑止し、被疑者・被告人の人権を守るために不可欠だ、ということが理由です。 また、私は弁護人の立会いには弁護活動のさらなる実質化という効果もあると考えています。 これまでの刑事弁護は、全く情報がない中で被疑者の言い分を元にして弁護側のストーリーを構築していくしかありませんでした。 弁護人は、取り調べの情報を得るためには被疑者から聞くしかありません。しかも、被疑者は取り調べ中にメモも取れません。捜査段階では、取調べでどんなことがあったかを弁護人が知る手段は、被疑者の記憶頼りになるのです。 録音録画がされていても、開示されるのは起訴後です。もし違法な取調べがなされたとしても、あとから国賠(国家賠償請求訴訟)で争うしかありません。弁護人からの助言も取調べが終わったあとしかできません。 野球で例えると、監督が試合を見ないまま試合が終わって選手から聞いた試合の情報をもとに「明日はこう戦おう」などと指示するようなものです。試合中に相手チームが反則していても、リアルタイムで確認できないのでどうしようもできません。 しかし、立会いで取調べをリアルタイムで確認できれば、質問内容から捜査機関側の証拠構造を推察することが可能になります。また、違法不当な取調べがあった場合には、その場で異議を述べることもできます。 韓国の弁護士からは「日本では弁護人が取り調べに立ち会えずにどうやって被疑者の権利を守るのですか?」と言われたことがあります。また、イギリスの警察官は「弁護人が取調べに立ち会うことは被疑者の権利を守るために不可欠だ」と言っていました。 いずれの国でも、違法捜査の抑止だけではなく、弁護活動をより実効的にするために立会いが不可欠だという認識がありました。日本でもこのような理解が市民に浸透しつつあると思います。 ーー捜査機関の反対は強いと思われますが、取調べ立会いは実現するのでしょうか? この点は海外の事例が参考になります。私が日弁連の調査で訪問したイギリス・韓国の事情をご報告します。 イギリスでは1970年代から80年代にかけて、テロ事件の捜査において被疑者に対し自白を強要する取り調べを行い、その結果えん罪を生んだ事件が続きました。その反省から捜査の適正化と被疑者の権利擁護のために法整備がなされ、弁護人の取調べ立会いもその中で認められました。 韓国では検察が警察より力が強く、警察と検察との間で権限争いがあっていました。そのような中で1999年に警察が検察より自分たちの方が人権保障が進んでいることのアピールのため、裁量として弁護人の立会いを認めました。 検察は最初はその流れに乗らなかったのですが、2002年にソウル地検で被疑者を拷問して死なせる事件が発生し、検察権力に対する国民の批判が強くなったことを受けて、検察も弁護人の立会いを導入しました。 その後、大法院(日本の最高裁判所に相当)や憲法裁判所が「取調べに弁護人を立ち会わせる権利(弁護人参与権)」を認め、2007年の開示訴訟法改正において立法化がなされた、という経緯があります。 日本でも立ち会いの導入には捜査機関や一部の学者から「取調べの真実発見機能が害される」などという理由で強い抵抗がなされています。 ただ、イギリスでも韓国でも、導入する時には捜査機関から「捜査ができなくなる」という抵抗があったそうですが、今は弁護人の立会いは裁判官にも警察官・検察官にも「当然の制度」として認識されています。また、真実発見は被疑者・被告人の人権保障に優先しないという考えも定着しています。 日本の議論状況を見ても、袴田事件やプレサンス事件をきっかけに、取調べの在り方に疑問を呈する声も増えてきたと思います。法務省や警察庁にはこれらの声に真摯に向き合っていただき、被疑者の人権を守り捜査の適正を図る手段として、諸外国の例にならって取調べへの弁護人立会いを考えていただきたいと思います。 また、捜査機関にとっても弁護人の立会いを認めることには一定のメリットがあると思われます。例えば、弁護人が取り調べに立ち会うことで、供述の任意性が争点となる可能性はなくなります。 海外調査では、警察官や検察官から、弁護人が立ち会うことで被疑者が安心してくれる、被疑者が供述を覆すことが減る、弁護人が争点整理をしてくれるので取調べがスムーズに行える、などのメリットもあるとの話を聞きました。 確かに、弁護人が取調べに立会うことで供述を得にくくなるということはイギリスでも韓国でも言われていましたが、いずれの国でも「そこは捜査機関の創意工夫と技術で何とかすべき問題で、技術不足や捜査の必要性を理由に人権を侵害していいということは考えられない」と言われていたのが強く記憶に残っています。 立ち会い弁護の取り組みは、日本の刑事司法の問題と言われてきた供述(自白)中心主義と人質司法を大きく変えるきっかけになると思います。 海外視察に行って感じたこととして、犯行の動機を重視する国は日本や韓国ぐらいということがあります。日本の捜査が自白偏重になっている理由は、動機の解明に過度に重きを置いていることもあると思います。これが日本の刑事司法の諸悪の根源ではないかという気がするくらいです。 なお、韓国では日本とよく似た刑事司法制度でありながら、弁護人の同意がない供述調書の証拠能力が否定される法改正がなされ、客観証拠中心の刑事司法に転換していることは興味深いものといえます。 例えば、弁護人が立ち会わないと取り調べができないように変わったら、おのずと取調べ重視、供述調書重視の方針はとれません。そうすると客観証拠の比重が上がるでしょうし、その結果として「人質司法」と批判される現在のような長期間の身体拘束も必要なくなるかもしれません。 取り調べの機能や被疑者の自白を得ることを捜査の中でどう位置付けるのか、という点を考え直すことも必要です。客観的な証拠がしっかりあれば、被疑者の供述がない状態であっても起訴できるし、有罪の認定も取れると思っています。 にもかかわらず、なぜ捜査機関が被疑者の自白供述を取りたがるのかという点が取調べの問題を考える上で重要なことだと考えています。起訴・不起訴の判断や量刑判断をする際に被疑者の反省(自白)の有無や犯行動機を重視する日本の価値観の是非が問われる時期が来たのではないでしょうか。 袴田事件やプレサンス事件等に対する世論からもわかるとおり、大きな流れとして密室での取調べが問題だということや、取調べの在り方を改善する必要があることについて、社会全体の理解は広がっていると感じています。 この問題意識をどうやって良い形にしていくか、具体的な議論や取り組みが必要だと思います。 【取材協力弁護士】 半田 望(はんだ のぞむ)弁護士 佐賀県小城市出身。主に交通事故や労働問題などの民事事件を取り扱うほか、日本弁護士連合会・接見交通権確立実行委員会の委員長をつとめ、刑事弁護・接見交通の問題に力を入れている。また、各種講義、講演活動も積極的におこなっている。 事務所名 :半田法律事務所 事務所URL:https://www.handa-law.jp/