横浜流星主演『正体』の現場に潜入!間近で目撃した森本慎太郎、山田孝之の超絶演技と藤井道人監督の演出理論に迫る
『青春18×2 君へと続く道』(24)の大ヒットも記憶に新しい藤井道人監督の最新作『正体』が11月29日(金)に公開となる。本作は、殺人事件の犯人として死刑判決を受けた男、鏑木慶一が脱走し、日本各地に潜伏しながら逃走していく姿を描いた染井為人の同名小説を映画化したものだ。本作の主演を務めたのは、2025年1月放送開始の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」の主演にも抜擢され、人気実力ともに日本映画界のトップを走る俳優、横浜流星。本作では、別人に成りすますことになる指名手配犯、鏑木慶一役に挑む。 【写真を見る】森本慎太郎が演技で魅せる!面会シーンで見せた絶妙な表情の演技に注目 今回MOVIE WALKER PRESSでは、東映東京撮影所で行われた本作の撮影現場に潜入!横浜をはじめ、森本慎太郎、山田孝之といった俳優たちの鬼気迫る演技の様子とともに、藤井監督が本作に込めた思いを紹介していく。 ■人間らしさあふれる森本慎太郎の絶妙な表情の演技に注目! 最初に見学したのは、鏑木が大阪に潜伏し“ベンゾー”というあだ名で呼ばれていた時に出会った、森本慎太郎演じる日雇い労働者の同僚、野々村和也との面会シーン。数か月ぶりに再会を果たした2人だったが、そこで和也が目にしたのは、かつて工事現場で共に働いたベンゾーとはまったく違う鏑木の姿だった…という場面だ。 本作に森本を抜擢した理由について藤井監督は、「新しい俳優と出会いたいと思っていた時にちょうど山里亮太さんのドラマ(『だが、情熱はある』)を彼がやっていて。すごくトリッキーで、でもテクニカルでもあったので、おもしろい俳優だなぁと思って声をかけさせてもらいました」と振り返る。 今回の撮影では、明るくふるまいながらも一度は鏑木を疑ってしまった後ろめたさも滲ませた、絶妙な表情が印象的だった森本。そんな彼の演技に関して藤井監督は「まだそんなに映画に出てきたことがないということもあって、最初はすごい苦労していたんです。でも、いまや(森本演じる)“和也推し”がキャストやスタッフのなかにもいるぐらいで(笑)。人間らしい本当にいい芝居をしてくれる俳優だなって思っています」と太鼓判を押す。 撮影時には、藤井監督が森本に演出を付ける場面もあった。どんな話をしていたのか聞いてみると、「和也が、逃げ続けていた鏑木と久々に再会するという、特にいいシーンを撮影する時に、和也がなにを頼りに面会室に来たのかといったことを、まず一発目は森本さんのお芝居で見せてもらおうと。一度撮影してみてすごく良かったけど、(和也が久々に鏑木と再会するにあたって)演技上で気を配ることがいっぱいあったと思うんです。『鏑木がなんで足を引きずっているんだろうとか、鏑木は夏に会って以降、どんなつらい思いをしながら逃げてきたのかとか。そこに対しての感情ってもっとあると思うよ』と話しました」と、丁寧に森本とやり取りを行い、理想のシーンを作り上げていったことを明かした。 このシーンでは、鏑木に対する様々な思いが入り混じった和也の表情が印象的だったが、藤井監督は、「和也がつらくなっちゃったら、せっかく鏑木と面会しに来たのに…と暗くなってしまう。『和也は鏑木を悲しませるようなことはしないと思うから、感情が先に出ちゃうってことがあっても、“笑って”』と言いました。そういう大きな感情の説明をしたあとに、『瞬きが多いです』とか『眉毛はそんな動かさなくていい』とか『いま寄りのサイズだから、そこまで(大きな芝居を)やんなくていいんだよ』とかっていうのを、丁寧に1個ずつ修正していきました」と、森本と話した内容を語った。その甲斐もあり、このシーンでは森本の絶妙な表情での演技を、横浜流星が落ち着いた静かな演技で受け止めるような美しい掛け合いを見ることができた。 ■同日撮影とは思えない!横浜流星と山田孝之の“静”と“動”の演技に驚愕 続く撮影シーンは、警察署の取調室で鏑木と山田孝之演じる刑事の又貫が対峙する緊迫感あふれる場面だ。無実を訴える鏑木と、彼の言動の裏に隠された真実を見抜こうとする又貫。対照的な2人の演技がぶつかり合い、現場の空気はいっきに張り詰めたものとなった。別シーンとなる拘置所の取調室では、先ほどとは打って変わって、落ち着いた様子で話す鏑木と又貫の姿が撮影された。この場面は、言葉にはならない独特の緊迫感が2人の間に漂い、観る者の想像力を掻き立てる本作屈指のシーンとなっている。 鏑木に脱走されてしまった責任を背負い、彼を追う又貫を演じた山田孝之について藤井監督は「僕にとって、映画人のなかでもとても緊張する俳優さんです。『デイアンドナイト』という作品で、プロデューサーとして入ってくれた彼の背中を見させてもらいました。彼の生き方や未来の映画界に関する考え方を僕は継承したいと思っています」とそのリスペクト具合を滲ませた。 続けて、本作の大切な役割を山田に託したことについては「観客は又貫の目を通して鏑木の正体に迫っていく。そういう大切な役に、最大にリスペクトする山田さんをダメ元でカフェに呼びだしてオファーをしました。やっぱり山田さんはいまでも現場で演出する時、とても緊張します。今回、又貫役を山田さんにやってもらえて、一つ夢が叶ったような気持ちです」と感無量の面持ち。 この日撮影された横浜と山田の2つのシーンは、物語内ではかなり時間が経過しているため、鏑木と又貫の関係性の変化もしっかり感じさせるような演じ分けが行われており、それぞれの演技力の高さを改めて感じることができた。撮影を終えて藤井監督は、「あそこ(拘置所の取調室)が、2人が会話する最後のシーンなんです。それまではずっと、追う者と追われる者。たぶん、そんな立場だった2人にしかわからない空気があると思います。流星が一番尊敬してる俳優も山田さんなので、たぶんその思いが彼の演技のなかにもすごいあふれてたと思います。又貫の役って、『葛藤してるぜ、俺』っていうふうに大仰に演じることもできちゃうんですが、それをせずに一番ストイックなやり方で演じてくれました」と撮影されたシーンに自信を覗かせていた。 ■横浜流星と「一緒にOKテイクを導きだしていく」気持ちで紡いだ『正体』への思い 長編劇場映画だけでも、横浜流星とは『青の帰り道』(18)、『ヴィレッジ』(23)に続き本作で3回目のタッグとなる藤井監督。「実はこの映画が『青の帰り道』に続く作品になるはずだったんです。原作に書かれていることが、当時の僕と流星がやりたかった題材にすごく近くて、『これをやろう』っていうふうになったのが4年前。そこから紆余曲折あって、いま撮っているっていう感じです」と、本作が、横浜を主演として迎える最初の長編作品になるはずだったことを明かした。 そのうえで、いま本作を撮ることになったことについては「本当に良かった。この作品では、流星が恰好や人格を変えていろんな人に会っていく。その一つ一つの精度というか、“人間になりきる力”がやっぱりもう圧倒的にすごくなっていて、今回は本当に楽しく撮らせてもらっています」と、4年前からお互いがスキルを磨き、相手を知り尽くしたうえで本作に臨むことができたと振り返る。 様々な作品を共に作り上げ、本作でも脚本制作の段階から一緒に向き合ってきた藤井監督と横浜。そんな2人の信頼関係は、作品の演出面にも出ているとのこと。「彼自身がどれだけすばらしいパフォーマンスをしてくれるのかがわかってる分、“一緒に練り上げていける”というか、お互い妥協しないでOKテイクを導きだしていくみたいなことができています。俳優への演出について『どう演出してあんな芝居になったんですか?』とよく聞かれるんですけど、流星にだけは演出のアプローチがまったく違うんです。ほかの俳優には、(演じる役の)感情の話をよくするんですけど、流星にとってもうそこは脚本制作の段階で終わっているので『いま、横で何ミリだから、その表現じゃ伝わらないよ』とか『そっちの画はいま使わないから間をずらしてくれ』とか、撮影上のテクニカルなことまで共有できる。そういうふうにできるのはたぶん流星だけですね」。 ■横浜流星と3度目のタッグにして作り上げた最高のエンタメ作品 以前、『ヴィレッジ』のインタビューで藤井監督は、各登場人物の生い立ちを書いたキャラクターシートを俳優たちに配っていると話していたが、もちろん本作でも用意したとのこと。「必ずしも原作と映画の内容が一緒ではないのですが、今回も分厚いキャラクターシートが全キャスト分あります。キャラクターの血液型や誕生日月を、演じる役者さんと同じものに設定するなど共通点を作ったりすることもあります。俳優部の方も、なにか一つでも自分と演じる役の接地面があると、役をグッと引き寄せてもっと深く掘れることがあると僕は信じているので、毎回全キャスト分作っています」。 今回、特にこだわってキャラクターシートを作ったのは、鏑木以外のメインキャラクターである沙耶香(吉岡里帆)、和也、舞(山田杏奈)、又貫の4人だという。「彼ら4人には全員テーマとなる色があります。そして、彼らが象徴する緑と赤と青っていう“光の三原色”のセンターは白なんです。そういうことをこの映画のなかで表現できたらいいなと思って作っています。また今回は、作品全体のメタファーとして“水”を多用しています。“生命の根源”だったり、“情報の流れ”とか“人の流れ”とか、そういういろんなものに掛かるものを水として使っていて、それがこの登場人物たちになにかしら(要素として)入ってたりします」。 最後に藤井監督は「ちょっとだけ先に延びてしまいましたが、たぶん『正体』は一番脂が乗ってる時期に、最高のエンタメを僕と流星で作れているんじゃないかなと。しっかり『これは観たほうがいいよ。めちゃくちゃおもしろいから!』と楽しんで観てもらえるものを作れている自信があります」と語り、本作への自信を覗かせた。 取材・文/編集部