「お前はいらない」 、2時間説教、謝罪強要…福祉施設でも職員にカスハラ被害 離職者出て契約切っても割り切れない…職員苦悩
利用者との契約を打ち切るケースも
福祉の現場でも顧客が理不尽な要求をする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が表面化してきた。長野県内の福祉事業所でも、施設の利用者から理不尽な要求や威圧的な言動を日常的に受け、契約を打ち切った事例がある。関係者はやむを得ない判断だったと振り返る一方、割り切れない葛藤の念も抱いている。 【写真】カスハラ対策を強めている長野県内の施設
職員を自室に閉じ込め…
南信地方の障害者施設に2019年、車いすが欠かせない50代の男性が入所した。頬に当てるひげそりの加減など、職員の介助に「違う」と高圧的に注意する。トイレで車いすを止める位置も細かく指示し、床に印を付けて工夫した職員にも叱責(しっせき)を続けた。自室に職員を2時間閉じ込めて説教を繰り返す日もあり、施設の業務は滞った。
他の利用者から「怖い」 職員離職の事態に
他の利用者から「怖い」との声が漏れ出し、中堅の職員1人が離職した。施設は居住地を置く自治体職員を交えて男性と話し合いを重ね、在宅で別の福祉サービスを使う態勢を整えた上で20年に利用契約を解除した。施設側の事情による解除は、開所から約半世紀で初めてだった。 病で日に日に体が動かなくなる男性はずっとつらかったのではないか―。施設運営法人の男性理事長はそうおもんぱかりつつ、言葉をつないだ。「ただ度が過ぎていた…」
見過ごされた職員の権利と利用者の権利と…
行政が障害者のサービス内容を決める措置制度が終わり、利用者自らが事業所を選んで契約する制度が始まって約20年。利用者の意思や権利を尊重する支援が定着したこの間、施設では人手不足が深刻化した。 男性理事長は「見過ごされてきた職員の権利を、利用者の権利とどう折り合わせるか」が新たな課題になっていると指摘。男性には判断能力があったからこそ、社会通念に照らして契約解除に至った―と説明する。
「出口の見えないトンネル歩いているよう」
北信地方の障害者施設も、19年に受け入れた身体障害のある50代男性との契約を解除した。「それ置いて」「ページ開いて」―。要望に職員が「それとは何ですか」「何ページですか」と聞き返すたびに、男性は「もういい」「おまえはいらない」と声を荒らげた。男性の食事や排せつに関する独自のマニュアルを作って対応しても効果はなかった。男性の不満を聞いた親族が職員に謝罪を強要することもあったという。 やがて男性は特定の職員による支援を拒否。気を許す職員に負担が偏り、別の利用者の支援が手薄になった。職員間の関係もこじれ、複数の離職者が出た。管理者の男性は「出口の見えないトンネルをずっと歩いている感覚だった」と振り返る。
意思表示とカスハラの境目をどう見極めるか
施設は弁護士とも相談して23年、男性が訪問看護を受けられる態勢を整えた後に契約解除した。管理者の男性は、施設を守るための正しい判断だったと振り返りつつ、胸のつかえは取れない。激しい言動の裏には、複雑な生い立ちが絡む苦しさがあるのでは―。そう感じさせた男性がいま穏やかに暮らしていることを強く願っている。 利用者の意思表示と「カスハラ」の境目を、どう見極めるか。結論を一概に出すことが難しい福祉現場の苦悩が浮かんでいる。(篠原光)