シャープが堺のディスプレーパネル生産を停止、2期連続の赤字受け
CEOが構造的な課題と指摘することは? 【もっと写真を見る】
今回のひとこと 「シャープには、過去から長年抱えている構造的課題がある。デバイス事業のアセットライト化を本格的に実行し、ブランド企業としての新たな成長モデルを確立し、グローバルエクセレントカンパニーへの飛躍を目指す」 シャープが2年連続の大幅な最終赤字を計上した。それに伴い、堺ディスプレイプロダクト(SDP)におけるディスプレイパネルの生産を、2024年9月末までに停止することを発表した。 シャープの呉柏勲(ロバート・ウー)社長兼CEOは、「2022年度に新体制が始動してからの2年間、ディスプレイデバイスにおける変化への対応が遅れた結果、2期連続での大幅な赤字になった。SDPは、シャープの利益を最大化するという狙いから、生産を停止するという決断をした」と説明した。 シャープの2023年度(2023年4月~2024年3月)の連結業績は、売上高が前年比8.9%減の2兆3219億円となり、営業利益、経常利益ともに2年連続での赤字。当期純利益は前年度の2608億円の大幅な赤字に続き、2023年度も1499億円という大きな赤字になった。ブランド事業の収益改善が進んだが、ディスプレイデバイス事業の減損で1223億円を計上したことが大きく影響した。SDPの生産停止は、「液晶のシャープ」と言われた同社にとって、大きな転換を意味する。 シャープの事業再建の足かせ SDPは、2009年にシャープディスプレイプロダクトとして設立。世界初となる第10世代マザーガラスを用いた大型液晶パネル工場として稼働した。当初はソニーも出資していた。2012年には、シャープやSDPの業績悪化などを背景に、鴻海グループの郭台銘CEO(当時)の投資会社がSDPに出資。これにあわせて、堺ディスプレイプロダクトに社名を変更。SDPの略称はそのまま使用された。また、凸版印刷および大日本印刷の子会社の液晶カラーフィルター事業も統合。2013年からは4K液晶ディスプレイの量産を開始し、世界最大の120型液晶ディスプレイを開発するなど、液晶ディスプレイの市場をけん引してきた。だが、長年に渡って、業績が悪化していたのも事実で、2019年までに、別の投資会社が約8割の株式を取得。シャープは、約2割の株式を保有しているにすぎなかった。2022年6月には、当時のシャープの戴正呉CEOの強い意思もあって、SDPを完全子会社化。シャープ傘下で、再建に向けた取り組みが進められてきたが、状況は変化せず、むしろシャープの事業再建の足かせになっていた。 呉社長兼CEOは、「大型ディスプレイを生産するSDPは、連結子会社化後の市場変化により、当初想定した再生計画の遂行が困難になったことから、今回、生産停止を決定した。SDPの事業は、新たなテクノロジーに移行したり、市場の対象が変化したりするときには、巨額投資を続けなければ、競争力を維持できない事業である。そして、テクノロジーの進化やコスト競争が激しいという市場でもある。外部環境の変化を捉えて、今回の決定に至っている」と述べた。 今回の生産停止にあわせて、SDPでは、インドの有力企業への技術支援や、建屋およびユーティリティを活用したAIデータセンター関連ビジネスなどへの事業転換を進めていくという。また、SDPの生産業務従事者に対する社外転身支援プログラムも用意する。 AIデータセンターの詳細については現時点では明確ではないが、呉社長兼CEOは、「鴻海は、AIサーバーの生産においては、世界で40%のシェアを持っており、AIデータセンターに関するノウハウを持っている。クラウドAIやエッジAIへの対応や、ストレージ、コンピューティングといったハードウェアでも両社が協力できる点がある」と述べた。 SDPは大型液晶ディスプレイの生産を担当するが、シャープディスプレイテクノロジー(SDTC)が担当している中小型ディスプレイ事業も構造改革を進める。同社では、中小型の液晶生産を行う亀山事業所、三重事業所、堺事業所、白山事業所などの拠点を持つが、亀山第二工場では、日産2000枚を1500枚に縮小。三重第三工場では、日産2280枚から1100枚への生産縮小を発表。堺工場のOLEDの生産ラインを閉鎖することも発表した。売上規模に見合った生産能力の縮小や、人員の適正化など、固定費の削減を進め、赤字幅の縮小に取り組むことで、適正な規模での生産を続ける。 一部報道では、SDPの生産停止によって、国内でのテレビ向けディスプレイの生産がすべてなくなるとされていたが、亀山工場製の液晶ディスプレイを使用した中小型テレビの一部生産を継続しており、すべてがなくなるわけではない。 表現を一部修正しました。(2024年5月20日) では、今後のシャープのディスプレイデバイス事業はどうなるのだろうか。 呉社長兼CEOは、「シャープにとって、ディスプレイが大切な事業であることは理解している」と前置きしながら、「巨額な投資を必要とするディスプレイ事業からは撤退するが、コアテクノロジーを保有しながら、開発は継続的に進めることになる。たとえば、次世代ディスプレイのnano LEDは重要な技術だと捉えており、この開発は続ける。また、車載向けディスプレイの開発も進めることになる」と語る。 そして、「デバイスを開発することに変わりはない。だがモノを作るところから撤退する。大型ディスプレイの生産を海外のほかの地域に持っていくことになる」とする。 開発体制は維持しながら、生産は委託するという構図だ。ここでは、生産を得意とする鴻海グループのリソースを生かすこともできるだろう。 もうひとつ、構造改革の対象となるのがエレクトロニックデバイスである。カメラモジュール事業および半導体事業を行うSSTC(シャープセンシングテクノロジー)およびSFL(シャープ福山レーザー)は、事業の親和性が高く、両社のさらなる成長につなげることができるパートナーに事業を譲渡することを明確化した。 シャープが持つ構造的な課題とは 呉社長兼CEOは、「シャープの今後の成長を見据えると、過去から長年抱えている構造的課題がある」と指摘する。「デバイス事業は、その事業特性から、毎期、大きな投資が不可欠である。だが、SDPやシャープは、長い間、技術投資や工場投資が十分に行えず、徐々に競争力が低下し、これにより新たなカテゴリーや顧客といった成長分野に向けた開拓が進まず、結果として、市場の変化の影響を受けやすい事業構造に陥っている」と語る。これが、シャープが持つ構造的課題だ。 その上で、「デバイス事業のアセットライト化を本格的に実行し、ブランド企業としての新たな成長モデルを確立し、グローバルエクセレントカンパニーへの飛躍を目指す」との姿勢を示す。 シャープでは、2024年度を「構造改革」の1年とし、2025年度~2027年度を「再成長」の3年と位置づけ、将来の飛躍に向けた変革に取り組む。2028年度以降、グローバルエクセレントカンパニーを目指す考えだ。 ここで同社が掲げているのが、「アセットライト化」と「ブランド事業に集中した事業構造」の実現である。 アセットライト化は、先に触れたように、SDPによる大型ディスプレイの生産停止、中小型ディスプレイ事業における他社との協業および工場の最適化、カメラモジュール事業および半導体事業のパートナーへの事業譲渡が柱となる。 一方、「ブランド事業に集中した事業構造」では、既存ブランド事業と、新産業による「正のサイクル」の創出を掲げる。 ここでは、「成長モデルの確立」として、スマートライフ&エナジー、スマートオフィス、ユニバーサルネットワークの3つの既存ブランド事業において、抑制していた投資を再拡大。売上高と利益成長を目指すとともに、成長領域へのシフトを加速し、創出したキャッシュを先端技術に投資して、成長する新産業分野での事業機会の獲得に挑戦する考えだ。これを「正のサイクル」と位置づける。 既存領域では、環境および健康分野を中心に高付加価値商材を展開するほか、「家電×AI」による新たな顧客体験の創出、カーボンニュートラル関連需要の拡大を捉えた新商材の提案、MFPの顧客基盤を活用したソリューションビジネスの強化、XRや車載、衛星通信分野へのリソースシフト、新たなAI関連端末の創出に挑むという。 また、「新産業の方向性」を掲げ、「技術力強化による付加価値の向上、事業領域の拡大の2つの観点からNext Innovationの探索を加速する」とする。ここでは、AIと次世代通信の掛け合わせた家庭向けおよびオフィス向けソリューションの高度化と最適化、生成AI利用環境の構築ニーズの拡大、AIエージェントの普及、衛星通信の普及とV2X技術の確立に挑むという。さらに、自動運転の普及に伴う新たな生活ニーズの高まりや、電力マネジメント技術の重要性の高まりにあわせた事業領域の拡大に取り組むとした。 親会社である鴻海では、「3+3トランスフォーメーション」を推進しており、三大未来産業として、「EV」、「デジタルヘルス」、「ロボティクス」の3分野、三大コア技術として、「AI」、「半導体」、「次世代通信」の3分野をあげている。今後、シャープの新産業の取り組みにおいては、これらの分野における鴻海との緊密な連携が進むことになりそうだ。 呉社長兼CEOは、「創業112年目を迎えたシャープが、次の100年を目指すため、ブランドを再度強化し、新たなチャンスを掴み、イノベーションを起こすブランド企業になることを目指す」と意気込む。 2年連続の大幅な最終赤字を計上したシャープが、再び浮上することができるのか。 「シャープが再び信頼を回復していくためには、立てた計画を毎期着実に達成していくことが重要である」と、呉社長兼CEOは語る。 呉社長兼CEOが就任してからの2年間は、打ち出した計画は公約通りにはならなかった。そして、その状況を呉会長兼CEO自らが説明する場をあまり用意せず、ステークホルダーとの対話が少なかった点は、経営の不透明感や、打ち出した計画の実効性に対する不信を高めることにつながっているとの指摘もある。 呉社長兼CEO自らが、中期経営方針の進捗状況を、四半期ごとにしっかりと説明することが、まずは信頼回復の第一歩になるのではないだろうか。 文● 大河原克行 編集●ASCII