津田健次郎が操る低音ボイスの特性 アニメ『チ。』で際立つ“冷酷さ”がたまらない
「ドスのきいた声」と聞いて、どんな声を想像するだろうか。きっと思わず身体がすくんでしまうような威圧感のある低い声を想像するだろう。では、「安心して眠たくなるような声」はどうだろう。こちらも、心が落ち着くような穏やかな低音ボイスを思い浮かべるのではないだろうか。安心感や恐怖を感じさせる特性を持った“低音ボイス”を巧みに操るのが、声優の津田健次郎だ。 【写真】津田健次郎の代表キャラの一人となった『呪術廻戦』七海建人 渋くて深みのある津田の声は男女を問わず高い人気を誇り、うっとりと聞き惚れてしまう魅力がある。津田は“ツダケン”という愛称で親しまれており、アニメやナレーターなどの声優業だけでなく、ドラマや映画、舞台といった俳優業でも幅広く活躍している。そんな彼の低音ボイスをまた堪能できるチャンスがやってきた。10月から放送がスタートしたTVアニメ『チ。 ―地球の運動について―』(以下、『チ。』)だ。 作家・魚豊による漫画を原作とした『チ。』は、「地動説」を証明することに命と信念を懸けた者たちの物語。第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞など数多くの賞を獲得している本作のなかで、津田は元傭兵の異端審問官・ノヴァク役を担当する。“悪役”であるノヴァクは異端者に対して眉ひとつ動かさずに拷問するような冷酷なキャラクターであり、主人公の少年・ラファウと学者・フベルトをじりじりと追い詰めていく。 第2話にて、ラファウの本棚から地動説についてまとめたノートを見つけたノヴァクは、ラファウに「何? これ」と尋ねる。ただ質問しているだけなのだが、息をのむラファウと同じようにこちらもドキッとしてしまうのだ。さらに「何? これ」と続け、ラファウを問い詰めるノヴァク。 最初は友好的で話しやすい雰囲気を出していたが、一転してねっとりとした“圧”を放つ津田の芝居に恐怖を感じてたまらない。相手が子供でも関係なく仕事と割り切り異端者を排除しようとするノヴァクは、地動説を美しいと思ってしまったラファウの最大の敵になるだろう。 ノヴァクのおそろしさは、合間で入る拷問シーンからもひしひしと伝わってくる。「家族と友人の日々の信仰や生活を守るためならなんだってする」と言いながら大きな拷問道具を異端者の口に突っ込む姿からは、目的のためなら手段を選ばない彼の性格が見て取れる。 このゴツい拷問道具をどのように使うのか分からないこわさと、直後に血まみれの異端者の姿が映し出されるこわさ。具体的なシーンが省略されるだけに、痛々しい拷問を想像してしまいゾッとする。そして、ノヴァクの冷酷さを際立たせているのが、感情が読めない津田の低音ボイスなのだ。 『チ。』ではおそろしい異端審問官を演じる津田だが、他に出演している作品では人間味を感じるキャラクターも数多く演じている。『呪術廻戦』では呪術師・七海建人役を担当し、主人公・虎杖悠仁をサポートする大人の頼もしさを見せた。いつも冷静沈着でクールな表情をしているため一見こわそうだが、実はとても人情深い性格の七海。 虎杖から“ナナミン”という愛称で呼ばれている七海は、“ツダケン”と呼ばれ愛されている津田とも通ずる。七海の大人な雰囲気と津田の深く渋い声がベストマッチしているのも、アニメ化によって七海のキャラクター人気をさらに引き上げた理由だろう。 また、映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』では、ケナガマンモスの造形作家・ウーリーの声を担当。一つひとつの言葉をゆっくりと話すウーリーからは、大きな体をしたマンモスのずっしりとした包容力を感じる。加えて言葉の端々からにじみ出ているのは、ウーリーのあたたかい感情だ。 ケーキをプレゼントされたウーリーが乗っているお菓子を見て「それは妻と……僕だね」と声を震わせるシーンは、こちらの心も揺さぶられてついもらい泣きしてしまう。津田のお芝居の絶妙なニュアンスが、キャラクターに情感を持たせているのだ。『北極百貨店のコンシェルジュさん』がじんわりと胸が満たされる作品に仕上がっているのも、こういった声の演技の影響が大きい。 津田は持ち前の低音ボイスを自由自在に操り、時にはやさしさを、時には冷酷さを……というふうに巧みに演じ分けている。不安なときに低い声を聞いてほっとしたり、低い声で怒られて恐怖を感じたりした経験のある人は少なくないだろう。低音ボイスのメリットもデメリットも役に合わせて使いこなす津田は、まさしく“低音ボイスマスター”といっても過言ではない。
まわる まがり