BenQがゲーミングプロジェクターを牽引、台湾本社に新設された開発拠点「ゲーミングルーム」に潜入取材
DLPプロジェクターで世界No.1の出荷数を誇るBenQ(ベンキュー)。ビジネス用とホームシアター用に続き、新たな軸として積極的に打ち出しているのが「ゲーミング」だ。近年は低遅延表示といった機能だけでなく、世界観を体現するデザインや機能を強化し、市場でも目を惹く存在になっている。こうした点はオーディオビジュアルの総合アワード「VGP」のライフスタイル分科会においても、高く評価されてきた。 【写真】BenQ台湾本社内に設けられたゲーミングルームや製品試作機などの様子 今回はそんなプロジェクター界に新風を巻き起こすBenQに注目。台湾本社オフィスを訪問し、関係者にインタビューを敢行した。製品への深いこだわりを知ると、ヒットの秘密とプロジェクターの未来が見えてきた。 ■「ゲーミングルーム」を備える程の本格的な取り組み まずBenQついて簡単に説明しておこう。日本ではプロジェクターやディスプレイですっかりお馴染みのブランドだが、台湾に拠点を置き、グループ全体で250億USドル以上の売上げを誇るグローバル企業。本社は台北松山空港に近いハイテク企業が集積するオフィス街(内湖科学園区)に重厚なビルを構え、隣がNVIDIA(台湾支社)と鴻海精密工業という立地からも、ポジションを想像いただけるだろう。 筆者にとってBenQ本社訪問は6年ぶりになるが、大きく変わったのは、オフィス内に新設された「ゲーミングルーム」。本稿のハイライトのひとつだが、BenQのゲーミングプロジェクターへの意気込みを感じる上で外せないので、真っ先に紹介したい。 BenQはゲーミングプロジェクター製品を本格化するにあたり、ユーザーの利用環境を再現し、その中で企画を練ったり、製品の確認を行う必要も感じたという。確かに、壁面が真っ黒な研究・実験環境だけでは、ユーザーの気持ちを深く理解するのは難しいだろう。 今回訪問した「ゲーミングルーム」は、照明の明るさが調整できるのはもちろん、高度にインストールされたゲーミングルームを想定した装飾ライティングや、そうした部屋にありがちな小物類までも配置。当然、人気ゲーム機が実際にプレイできる状態で設置されており、PlayStation5、Xbox、Nintendo Switch、PCが用意されていた。ドライビングゲーム用のフレーム付きハンドルコントローラーも置いており本格的だ。 単に映像機器のひとつとして机上で性能や機能を考えるのではなく、本質と言える「遊び心」も汲み取ろうとする姿勢は、一般的な電子機器メーカーではあまり見かけない光景で、同社のゲーミング市場への真摯な取り組み姿勢が窺えた。 ■培ってきた高音質・高画質技術が没入感の高いゲームプレイを実現 今回は本社訪問ということもあり、部門責任者からもお話を伺うことができた。ゲーミングプロジェクタービジネスを統括するRick Yan氏によると、同社のゲーミングプロジェクターは、従来のビジネス向けやホームシアター向けは継続しつつ、新しいカテゴリーとして位置付けているという。厳密には、「ゴルフシミュレーター用」と「家庭用ゲーミング用」が成長中で、この分野に注力することでさらなる飛躍を狙う戦略のようだ。 時系列では、2016年までは従来のホームプロジェクターに低遅延表示機能を盛り込むことでゲーミング用途に対応したことを第1段階、2019年から2021年は「ゲーミング」というカテゴリーを確立すべく、筐体デザインなども含めゲーミングに特化した「X Series」を投入したことが第2段階、2022年からはX Seriesのラインナップを増やし、カテゴリーの定着期として第3段階と捉えているという。 ゲーミングにプロジェクターを導入すべき理由、そしてBenQを選ぶ理由について、Rick氏の回答は明瞭で、1つ目はプロジェクターなら100型以上も現実的、2つ目はゲーミングプロジェクターなら遅延が4K/60Hzで16m以下、そして3つ目にBenQが長年培ってきた映像技術とサウンド機能により「Details & Immersive」(高画質・高音質&没入感)を実現、これらに集約されるという。その背景には、LED光源が登場し、映像がより明るく、また筐体をコンパクトにできるという技術の進化もあるようだ。 ちなみにBenQの「Immersive Gaming Projector」第1号である「X3000i」(2021-2023年)は、性能と機能を充実させ、販売価格もおおよそUS$1,999とプレミアムな設定だったが、販売数量として充分に手応えがあったという。 なおBenQでは、ゲーム機の全世界販売台数において、日本が上位に位置する重要な市場と認識して注力。2023年の東京ゲームショーでBenQはゲーミングプロジェクターを展示したのは記憶に新しいが、多くの来場者に気づきを与えることができたと感じているという。認知度が高まれば、日本でさらにブレークする可能性も高そうだ。 ■ゲーミングモデル「X-3」ラインで設置性と使いやすさを追求 次にBenQゲーミングプロジェクターの戦略と製品ラインナップについて教えてくれたのが、主に「X500i」を担当したプロダクトマネージャーのLarry Kao氏。 BenQがゲーミングプロジェクターでユーザーに提供したいのは「究極の没入感」。単に大きな映像で映し出すという事ではなく、ゲームの世界観へ没入できるよう、視覚と聴覚を満足させるのがゴールだという。フラグシップライン(型番が4桁)で、現行モデルでは4K/HDR対応でLED光源による3,300ルーメン(ANSI)の輝度性能を持った「X3100i」が相当する。ハイエンドゲームルームを想定し、映画館レベルの画質と音質を備え、オープンワールド系ゲームの世界に没入できるとしている。 そのため、製品の基本機能として、天吊り設置で投写位置が適度な高さに調整できるよう-20%もの光学レンズシフト機能を持たせることに。レンズシフトではなく台形補正でも良いのでは?と思ってしまうが、台形補正ではデジタル的に映像を変形するので、画質と明るさの面で損失が生じ、また処理のために低遅延モードが利用できなくなるのが問題だという。レンズシフトは光学機構が必要で製品も高価になってしまいがちだが、ハイエンド環境で最高のゲーム体験を目指し、妥協の無い姿勢と一貫性にBenQのこだわりを感じた。 「X-3」と呼ぶのは型番が3桁の下位ラインで、現行モデルでは「X500i」(4K/HDR/2,200ルーメン)と「X300G」(4K/HDR/2,000ルーメン)が相当する。自室/個室や部屋の一角など「パーソナルスペース」で比較的ライトなゲームをプレイする想定で、設置性を重視しているという。 両モデルともLED光源でコンパクトであることに加え、特に「短焦点」が共通のポイント。プロジェクターを使いたい時だけ、プレーヤーの前にポンと置いて直ぐにストレスなく利用できるように工夫を心掛けている。特に「X300G」は部屋から部屋への移動も想定し、設置性の簡便性を重視。電動ズーム機能を備えるほか、水平傾きを自動補正する機能も搭載。 ゲームモード(RPG・FPS・SPG/スポーツなど)の変更でサウンドモードも連動して切り替わるなど、ユーザーの声を反映しつつ、より使いやすさを追求して改善を行ったきたという。Larry氏は、「現時点でこれほどゲーミングユーザーに寄り添った製品は、BenQのXシリーズ以外に見当たらない。」と胸を張る。 ■長年の高画質技術を地盤にマッピングを最適化 映像関連の詳細については、主にチューニング方針について、プロジェクター製品の技術担当であるEric Tsai氏にお伺いした。同氏はBenQプロジェクターが一貫して訴求する「CinematicColor」(正確な色再現)の番人とも言える経験豊富なエンジニアで、日本のテレビにも出演した経験を持つ。 まず前提として、ゲーミングプロジェクター「X Series」も、ホームシアター用モデルと同等の水準で「CinematicColor」を貫いている。ゲーミングプロジェクターだからといって特殊なことはせず、BenQが培ってきた高画質技術が惜しみなく投入されていると理解できる。 特に短焦点モデルでは投写光をワイドに拡散するため、四隅の輝度落ちや歪みが気になりがちだが、レンズの主要部に造形の自由度が高いプラスティックレンズを用いて非球面設計を高度に最適化したり、前玉(一番外側のレンズ)を大口径にするなど、映像の均質性(ユニフォーミティー)に配慮。スペック値として表し難い部分への拘りも、BenQの良心を感じる部分だ。 プロジェクター製品として骨太であることは理解できたが、「X Series」ならではのポイントについて、Eric氏によると「パレットの使い方」にこだわりがあるという。現在、コンソールゲーム機はHDR10対応で色域もBT.2020と広い。対して映像機器は光源の制約などから未だ追い付いていない。その差はダウンコンバート方向でマッピングする必要があるのだが、ゲームのタイプに応じて、その世界感がより引き立つよう最適化しようとするのが「パレットの使い方」という事のようだ。 ■ゲーム用のチューニングとエンジニアの堅実な画作りがマッチ 今回は「X3100i」を例に、ソニーのマスターモニター「BVM-HX310」と横並び比較できる環境で、 Eric氏から直々にデモを交えて解説してもらった。 まずはRPGゲームに適した「RPG」モード。映画などと同様に、映像の世界が現実かのようにリアルに感じられるかがポイントと言えるだろう。例えば赤く焼け落ちそうな空。X3100iは直視型のマスターモニターに対して輝度とコントラストの面で当然敵わないが、実際に見比べるとルックは非常に近い印象。 X3100iが備えるDCI-P3の色域性能を活かしつつ、「パレットの使い方」の巧みさを実感できた。コントラスト調整も絶妙だ。Eric氏は色彩のチューニング時にも、マスターモニターBVM-HX310をリファレンスとしているという。 次にFPSゲームに適した「FPS」モード。これは一般的に暗部に潜む敵が見えやすいよう、暗部諧調を明るく持ち上げるもので、X3100iも同様の方向。暗部も明部を破綻なくコントロールされていて、ナチュラルさをキープしているのは、何度も慎重に検討を重ねた成果だろう。 「SPG」は、野球、バスケットボール、サッカー向けに用意されたスポーツゲームモード。明かりのある部屋でのプレイを想定し、色が洗い流されないように逆補正的にビビッドにする方向だ。しかし、ここで難しいのはチームカラーの再現。ファンの心理を察すると正確さが要求される。デモはバスケットボールだったが、ロ氏ゼルス・レイカーズの紫も違和感なく、それでいて少しビビッドで映える印象。これならコアなファン層も納得だろう。 「RCG」は、ドライビングシミュレーションを想定したレーシングゲームモード。画作りのポイントとしては、実車が登場するのでリアルさを追求しつつも、プレイがよりエキサイティングになるよう、少し色を特徴的にする方向。実際に映像を見ても正にその通りの印象。フェラーリの赤は少し拡張されつつも、明度を抑えて彩度を高める方向なので、色味としては派手に浮いたようにならず、深みとして感じられる。気分が“アガる”赤だ。 総じて、BenQが磨き上げてきた映像の基礎技術に、ゲーミング用ならではのチューニングと確かなエンジニアの画心が相乗効果を発揮していると感じた。今回紹介した常設ゲーミングルームの存在も一役買っていることだろう。 ■ユーザー調査が徹底的で、ディティールの細部にもこだわる 数々のこだわりを感じる「X Series」だが、実際のところ、どれほどユーザーに寄り添っているのだろうか? そこで特に使い勝手を重視しているという「X300G」について、具体的な施策を、「X300G」を担当したプロダクトマネージャーのSophie Chen氏より解説してもらった。 まず驚いたのは、徹底的なユーザー調査。ターゲットユーザー層の住居形態や間取りの把握はもちろん、実際にユーザー宅に訪問して、設置や配線状況までも調査して製品に反映しているという。BenQは海外プロジェクターメーカーとして日本に支社を持つ数少ない企業のひとつであり、きめ細やかな対応もできる。 同社の調査によると、ゲーミングユーザーの40%が、7~7.5畳のワンルーム賃貸住宅に住み、ほか、1DKや1LDKの場合は、DK/LDKをゲームのプレイ場所としているという。また、面白く感じたのは、東京の住宅事情は台北と似ている部分があるという点。USなどの巨大市場をターゲットとして開発された製品は、日本の住環境にしっくりフィットしないケースは多々あるが、台湾を拠点とし日本市場を重視するBenQ製品は、この点、安心できそうに感じた。 次に、製品のディティールへのこだわりにも感心。X300Gのデザインは、筐体の後方下部付近に突起がありそこが光るのがユニーク。筆者はガンダム風なのが気に入っていたが、その話をすると大いに盛り上がった。プロダクトマネージャーのDasun Lin氏によると、企画チームでデザインに関するアイデアを出し合い、最終的にBenQのデザイナーが落とし込んで完成したという。初期の紙製模型にも、その突起が巧妙に反映されていて、遊び心と大きなこだわりを感じた。 また、製品においては、突起部のイルミネーションに光ムラを感じないよう、ユニフォーミティーに気を付けて設計しているとの事で、こだわり度合いの深さにも感心した。 ほか、筐体天面の4方向のカーソル移動操作は、当初はボタン式を想定していたものの、最終的にはスティック式に。ゲーム機のコントローラーに慣れたユーザーにとってよりフレンドリーと考えたためだ。実際にゲーム機と比べると、見た目や操作間は、Nintendo SwitchやPlayStation5の中間的な雰囲気。この点も一般的にコストは上昇方向で、製品へのこだわりが窺えるポイントである。 細かな部分ではスタンドの形状も検討を経て決定。試作(3Dプリント)は、映像の高さを上下ともに調整できるようになっているが、設置状態の調査から、下方向は不要と判断し、最終的に水平から上向きのみに。このことで、スタンドがシンプルで製品としてもスマートに仕上がったと思う。 ■ゲーミングモデルはメインストリームのひとつに プロジェクター市場は一段落した感があり、「ゲーミング」を狙った製品はトレンドを追う一時的な流れのように思えたが、今回BenQがユーザーに対して「Details & Immersive」(=高画音質&没入感)という体験を提供しようという意気込みと、製品レベルでの数々こだわり、担当者の熱意に触れると、メインストリームに押し上げられる可能性を感じた。 また、ゲーミング製品の開発で得た知見が、ホームシアター用プロジェクターにフィードバックされる可能性もあるだろう。特に短焦点を含む設置性の改善は、家庭用プロジェクターに共通するテーマで、同社の力量にさらなる磨きが掛かったと想像できる。DLPプロジェクター世界シェアNo.1の地位に甘んじず、さらなる高みを目指すBenQの今後にも期待だ。
鴻池賢三