錦織圭がグランドスラム挑戦原点である10年目のウインブルドンで目指すもの
ただし10代の頃からクリスチャンは、前十字靭帯損傷や骨の感染症など、手術を要する大きなケガに幾度も行く手を阻まれてきた。それでもその度に復帰してきた苦労人を、錦織は「むちゃむちゃ努力する選手。頑張っている姿を小さい頃から見ているので、愛着があるというか、頑張って欲しい気持ちを抱く選手」だと評した。 「数少ない、アカデミーで練習しているお互いによく知る仲」との対戦を、錦織は「やりにくいところはあると思います」と言う。 相手のプレースタイルは分かっているが、それは相手にしても同じこと。現にドローが決まった翌日、クリスチャンは自分がサーブを打った直後にコーチに球出ししてもらい、それを打ち返す練習を重ねていた。これは、早いタイミングでボールを捕らえ鋭く打ち返す、錦織の高速リターン対策。コート中央に立つコーチに球を打たせ、サーブ直後の返球を黙々と打ち返す苦労人の姿には、錦織に対する敬意が込められているように見えた。 10年前にこのコートから歩み始めたグランドスラム挑戦への足跡を、錦織は「長い道のりではありますが、色んなことを学んで今に至るので。色んなケガもあったし、良い結果もあった。波のある10年ですが、順調に成長できているとも思います」と振り返った。様々な道を踏破してきた選手たちが、コート上で各々の轍を重ねる時、そこには単なる勝った負けたを超える物語が生まれる。 150年を誇るオールイングランド・ローンテニス&クローケー・クラブの歴史が、それらに陰影や彩りを添えもするだろう。時に愚直に思えるまでに伝統を保持する会場には、10年前に錦織が悔しさとともに吐き出した棄権を告げる声も、どこかに染みついているのではと思わせる風情がある。 その地で錦織が、今年はどんな物語を紡ぎ出すのか……ウィンブルドンには、そのような楽しみ方を許す芳醇さがある。 (文責・内田暁/スポーツライター)