通天閣、免震工事終了へ 仕切る所長は「ハードルだらけですわ」
周辺住民の理解あって進んだ工事
そして、こうした工事をする上で最も必要なのは、周辺住民の協力。「音を出さずに工事をすることは不可能ですから。営業時間外に工事するということは夜間しかありませんし。そのあたりは本当に住民の皆様のご理解があったから工事が出来たとおもいます」と永野さんは語る。
また、通天閣のすぐそばで営業する飲食店も、入り口が工事シートなどで覆われる状態になるが、快く理解してもらえたという。「これは普段から通天閣さんと地元の皆様との信頼があってこそや思います。だから、工事の進みもスムーズにいったと考えてます」(永野さん) これによって、塔の4本の基礎部分に地震の揺れを吸収する「免震ゴム」を組み入れることができた。直下型地震に対して地面から伝わる揺れを小さくなるため、より安全性が増したという。また、免震工事と同時に、古くなっていたパネルなどもすべて取り替え、通天閣がみるみるきれいになっていった。
免震工事完了、周辺住民驚きの表情は狙い通り
そして、1903年から1943年まで建っていた初代通天閣にあった「エントランス吹き抜け大天井」という天井壁画も復刻させ、それももう完成し公開を待っている状態だ。 4月末には、地元住民や工事にかかわる申請などでお世話になったという地元区役所関係者を招待し、工事現場を公開。すると、住民らからは「こんな風になってたんや」「スゴイ」とビックリした様子だったという。 それを見た永野さんは「こちらの狙い通りですわ」と笑みを浮かべる。「まったく工事をしている姿が見えへんのは、ええか悪いかは別にしまして。近隣の方からすれば、工事期間中はずっと安定した変化のない同じ生活ができるわけです。最初と最後はわさわさとしますけど、全く目につかない形であんだけのものを作れたんで、えらいビックリして関心していただきました」とうれしそうに続けた。
免震装置で足腰強く、大阪のシンボルの役目果たす
この工事完了を心待ちにしていたのは通天閣観光の西上雅章社長だ。「もう工事も完了し、あとは足場の解体のみとなりました。前のままでも震度7でも大丈夫なんですけど、物が倒れたりする可能性があったんですが、免震を入れることによって心配ごとがなくなったんで、より安全な通天閣に生まれ変わったと思います」と笑顔で答える。 また、初代にあった天井が復活することも、うれしいという。新世界で育ったいわゆる「新世界っ子」という西上社長は通天閣を間近に見て育ち、通天閣の社長だった父親から「初代通天閣の天井画はほんまきれいやったんやで」と聞かされていた。 そして、足場を作るということで、できたら復活できたらと思い、竹中工務店にお願いし、クラブコスメチックスの協力もあり実現した。 西上社長は「これまでいちばん懸念だった免震装置をいれて足腰も強くなりました。経営的にも安定してきました。うちは『高さ』を生かした展望台という役目はもう終わっているかもしれません。けど『大阪のシンボル』という役目をしっかりと果たしていかなくてはなりません。より安全、そして安心な通天閣へこれからも遊びに来ていただければと思います」と力強く話していた。