「うつ病だった私が…」傍聴に通った24歳女性が“袴田事件は人生そのもの”と語るワケ
はじめは市民運動へ参加することに抵抗感も
――袴田さんの支援活動に参加しようと思ったきっかけは? なかがわ:支援者の方々との出会いは、初公判のときでした。じつは、傍聴の抽選でハズれてしまい、行き場を失っている私に、高齢の支援者さんが「記者さんですか?」と声をかけてくださって、ほかの支援者の方々にもご挨拶することができたんです。巌さんの姉であるひでこさん、弁護士の方々、支援者の方々の熱気に胸を打たれて、私も「何かしたい」という気持ちが湧き、その場で「何かしたいです!」と宣言しました。 ――支援者の方々の年齢層はいかがでしょう。すでにある輪に加わるのもなかなか、ハードルが高かったのかなと。 なかがわ:88歳の巌さんと近い世代、70代の方々が多い印象ですね。ただ、年齢が問題なわけではなく、いわゆる市民運動に参加することに抵抗感は多少ありました。でも、支援者の方々と交流を重ねるにつれて、みなさんの優しさが身にしみて、気づいたら私も輪に加わっていました。ネットの時代でありながら、リアルで問題に対して大きな声を上げる活動にも衝撃を受けて、今、自分も参加している姿が想像できなかったです。巌さんやひで子さん、支援者の方々といろんなお話ができるのも楽しくて、続けられています。 ――なかがわさんは実際、どのような支援活動を行っていますか? なかがわ:個人のSNSやブログで発信をしながら、袴田さん支援団体の定例会にも参加しています。ビラまき用のビラもデザインして、無罪判決に向けて、検察庁や裁判所への要請活動にも参加しました。
支援者の一言「会ってみれば?」で巌さんと対面
――精力的に活動する中では、当事者の巌さんや、その姉であるひで子さんと関わるようになったきっかけは? なかがわ:浜松市が拠点の袴田さんを支援する団体「見守り隊」の方に「会ってみれば?」と言われて、袴田さんのご自宅に伺ったのが最初です。 ――静岡地裁で巌さんの無罪判決が出た当日、Xのポストでは巌さんとのツーショット写真をアップしていました。 なかがわ:ご自宅で「おいくつですか?」と聞いたら「儀式があってだな、23歳になったんだ」と巌さんがおっしゃって、「同い年ですね! お友達になってください!」と言ったら「いいよ」と答えてくださったんです。巌さんとのツーショットと共に、ひで子さんも揃ったスリーショットも撮りました。 ――なかがわさんから見た、巌さんとひで子さんの印象も伺いたいです。 なかがわ:巌さんは優しい方で、そこにいるだけで私も笑顔になれるような印象で、守りたくなる感じもします。出会った当初は警戒されていたのか、あんまり気さくには話しかけられなかったんですが、何度かお会いして、魅力的な人柄でいらっしゃるんだろうと思うようになりましたね。 ひで子さんからは戦争のお話も伺ったことがあります。なぜ、弟のために頑張れるのか不思議でしたが、それも周りを笑顔にしてくださる巌さんがいるからこそなんだろうなと、接している中で思いました。