「ガザの不条理から目を背けるな」 清田明宏UNRWA保健局長
<UNRWAは第1次中東戦争後、1949年12月に採択された国連総会決議により、パレスチナ難民の救済を目的に設置され、50年5月に活動を始めた。パレスチナ難民という一つの難民グループに対して長期的な支援を続けており、国連の中でも特徴のある機関となっている。活動分野は、教育、医療保健、難民キャンプのインフラ整備など多方面にわたる。昨年10月からの戦闘に巻き込まれて200人超のスタッフが死亡している> 深刻なのは医薬品の枯渇だ。5月にイスラエル軍がガザ南部のラファへ侵攻した際には、われわれのスタッフも退避せざるを得ず、群衆によってUNRWAの大規模な薬剤倉庫が略奪に遭った。400万ドル相当の薬剤があったが、その半分ほどが奪われた。イスラエルによる物資の搬入制限や、組織化された略奪団による被害などで、その後の医薬品補給はトラック1台分しかできていない。あと1か月で医薬品が底を突く。
<ガザでは8月、ワクチン接種歴のない乳児のポリオ感染が確認された。ガザでのポリオ発生は25年ぶり。9月1日、感染拡大を阻止するため国連は子どもたちへの予防接種を始め、UNRWAはX(旧ツイッター)に「われわれは子どもたちを救うためにあらゆる手段を尽くさねばならない」と投稿した> 上下水道が機能していないので、人の便を介して広がるポリオウイルスへの感染拡大が懸念された。排泄物による地下水汚染や、せっけんやシャンプーといった衛生用品の絶対的不足など、劣悪な衛生環境はA型肝炎や下痢などの感染症も拡大させている。
「人災」により社会の基盤が崩壊
ガザは決して豊かな土地ではないが、戦闘が始まる前は住民は穏やかで治安も悪くなかった。日本の田舎のように、苦しい時はお互いが助け合い、支え合う社会構造(social fabric)があったが、人々が度重なる避難を強いられて崩壊してしまった。戦闘前のガザで、私はホームレスを見かけたことはなかった。 すべては国際政治の失敗であり、各国の思惑が動く中で国連の枠組みが機能できずにいる。すべて「人災」だ。隣国に出れば物資は豊富にあるのに、ここでは手に入らない。政治によって解決できるはずなのに、それができない。「世界の不条理」がここに凝縮されている。 <国連によると、ガザで食料支援が必要な人は210万人とみられているが、7月時点で支援を受けた人は110万人超にとどまっている> われわれ国連機関、NGOは一生懸命活動を続けているが、加速度的に悪化する状況に追いついておらず、じくじたる思いがある。ガザの人々は「国際社会から見放されている」と感じ始めており、危機的状況だ。 ラファから退避した私の友人が言った言葉が忘れられない。「いつになったら国際社会はわれわれを人間として扱ってくれるのか?」 この問いに答えるためにも、われわれは諦めず支援を続けていく。世界の人々はこの不条理から目を背けないでほしい。
【Profile】
清田 明宏 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)保健局長。医師。1961年生まれ。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。95年から世界保健機関(WHO)で約15年間、結核や感染症の対策にあたった。2010年から現職。現在はヨルダンの首都アンマンの本部に勤務する。著書に『天井のない監獄 ガザの声を聴け!』(集英社新書)など。 住井 亨介 全国紙で警視庁や宮内庁の担当記者、海外特派員などを経験し、現在ニッポンドットコム編集部チーフエディター。ハーバード大学客員研究員として「北朝鮮による拉致問題」を研究した。国内外における幅広い分野のニュースに関心を寄せる。