テレビ討論会を制するのはハリスか、トランプか?
イスラエル―ガザ戦争
8月の民主党全国大会における大統領候補受諾演説で、ハリスは「イスラエル―ガザ戦争」に関して、ハマスに対するイスラエルの自衛権を認めながらも、パレスチナ人の尊厳、安全や自由に言及し、犠牲者や人々に「胸が張り裂けそう」と、バイデンよりも同情を示した。 トランプは討論会で、ハリスが彼女の副大統領候補に有力視されていたペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事を選択しなかったのは、彼がユダヤ系だからだと議論し、ユダヤ系の票をハリスから削ぐ発言をすることが予想される。 確かに、バイデンがあまりにも親イスラエル寄りであるために、若者、特にアラブ系の若者の離反を起こしたのは事実で、ハリスは、彼らを取り戻す必要に迫られている。故に、シャピロが障害になると考えた上での選択としても当然だ。 英誌エコノミストと調査会社ユーガブの全国共同世論調査(8月17~20日実施)では、「イスラエルとパレスチナのどちらに同情するか」という質問に対して、18歳~29歳の若者は、14%が「イスラエル」、24%が「同等」、33%が「パレスチナ」、29%が「わかならない」と回答し、パレスチナがイスラエルよりも約20ポイントも多かった。ハリスは討論会で、パレスチナ人に寄り添うメッセージを、殊にアラブ系が集まる激戦州ミシガンのディアボーンの若者を意識して送ることが不可欠だ。
人工妊娠中絶問題
ハリス陣営は9月3日(現地時間)から「生殖の自由のために戦う」のスローガンが書かれたバスで、トランプの私邸がある南部フロリダ州においてバスツアーを開始した。人工妊娠中絶の権利と「生殖の自由」をテーマに、約50カ所に立ち止まり、有権者に直接語ると言う。フロリダ州では、大統領選挙と同日に、人工妊娠中絶の規制に関する住民投票が行われることになった。 ハリス陣営が、9月10日のトランプとのテレビ討論会の直前にフロリダ州に焦点を当てた意図は、討論会および投開票日までの選挙戦において、人工妊娠中絶の問題を最重要争点にすることである。 米紙ニューヨーク・タイムズとシエラ大学(東部ニューヨーク州)の全国共同世論調査(8月6~15日実施)では、登録した女性有権者の22%が人工妊娠中絶を最も重要な争点に挙げ、経済の24%をわずか2ポイント下回ったのみであった。米紙ニューヨーク・タイムズ、フィラデルフィア・インクワイアラーとシエラ大学がバイデン撤退前に行った調査(4月28日~5月9日実施)と比較すると、ハリスが登場して、女性有権者における人工妊娠中の重要度は5ポイント上昇した。米国は女性の有権者登録者数が、男性を上回っているので、中絶問題における支持はハリスのアドバンテージになっている。 他の世論調査結果もみてみよう。米ピュー・リサーチ・センター(4月8~14日実施)によれば、人工妊娠中絶合法化に、全体で63%が「賛成」、36%が「反対」であった。人工妊娠中絶問題には、民主党支持者、無党派層と一部の共和党支持者を加えた「連合軍」を組めるという大きなメリットが存在する。さらに、人工妊娠中絶は「特殊な争点」と言われている。というのは、他の争点で候補と意見が異なっていても、人工妊娠中絶の立場で一致すれば、その候補に投票する傾向があるからだ。 また、非白人女性のハリスは、人種とジェンダーの点においても、白人男性のトランプに対してアドバンテージがある。というのは、人工妊娠中絶は経済的に豊かでない黒人やヒスパニック系の女性に多いからだ。 一方、トランプは無党派層を取り込もうと、妊娠6週間以降の中絶について一旦保留にし、その上、全国一律に人工妊娠中絶を禁止する連邦法案に署名しないとも語った。しかし、これらの発言は支持基盤である人工妊娠中絶反対派を失望させ、トランプの周辺を慌てさせた。 加えて、トランプは自分が大統領に返り咲いたら、体外受精について政府か保険会社が費用を負担すると表明したが、支持基盤の1つであるキリスト教右派から批判を浴びた。彼らは、体外受精の過程で、人間とみなす受精卵が破棄されることに否定的な考えを示しているからだ。 とはいうものの、キリスト教右派がトランプに投票しないというシナリオは考えられない。トランプは目下、キリスト教右派からの非難に対処するよりも、9月10日の討論会で新たな票を獲得することに注力しており、討論会で生殖に関するテーマが出た場合、体外受精の費用負担を「売り」にするだろう。 ただ、キリスト教右派の他に、体外受精の負担を政府が行うという議論に対して、共和党内の「小さな政府」を支持する党員も反対するだろう。 こうしてみてくると、人工妊娠中絶の問題は、ハリスが討論会で得点を稼げる争点である。