【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第15回「明快」その2
相手が勝ったのは、自分が負けてやったせいなのだ
ヘンテコリンなウイルスのおかげで、なんともうっとうしい日が続いた令和2年。 心のモヤモヤはマックス状態、最高潮であります。 マスクもつけず、ノビノビと暮らしていた日々が恋しい時期でした。 やはり人間は、単純で、分かりやすく生きているのが一番。 分かりやすいと言えば、力士たちが取組後などに発する言葉も分かりやすいですよ。 そのときの心情、思いがストレートにあふれ出ていますから。 令和2年夏場所が吹っ飛び、力士たちも自粛生活に入って2カ月あまりが経ちました。 懐かしさを込めて、そんな明快なエピソードの数々です。 ※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。 【相撲編集部が選ぶ春場所千秋楽の一番】照ノ富士、3回目の優勝を果たし大関返り咲き 負けてやったせい 負ければ悔しい。これもまた、当たり前だ。令和2(2020)年7月場所、14場所ぶりに再入幕を果たした照ノ富士が序二段まで滑り落ちた原因は、大関時代の平成27(2015)年秋場所13日目、これまた大関の稀勢の里(現二所ノ関親方)に寄り倒されたときに痛めた右ヒザの前十字靱帯損傷だった。 影響は計り知れず、この場所の千秋楽、鶴竜(現鶴竜親方)との優勝決定戦に敗れて涙を飲んだばかりか、次の九州場所も9勝6敗に終わり、1勝差で、休場した場所もある白鵬に年間最多勝をさらわれている。そのなんとももったいない6敗目を喫したのは12日目の東前頭3枚目の豊ノ島だった。 モロ差しを許してなすすべなく土俵を割り、支度部屋に戻って風呂から上がったところでちょうど勝者の豊ノ島がNHKのヒーローインタビューを受けている姿がテレビに大写しになっていた。それにチラリと視線を送った照ノ富士、いかにもいまいましいという口調でこう言った。 「アッ、オレのおかげでいっぱいインタビューを受けていやがるな」 勝負の世界に生きる者にとって、主役はどんなときも自分。相手が勝ったのは、自分が負けてやったせいなのだ。 照ノ富士は、この気持ちが誰よりも強いからこれまで大関経験者が誰も経験したことがない序二段から幕内に戻ってきたのだろう。これからも、どこまで自分を際立たすことができるか、楽しみだ。 月刊『相撲』令和2年6月号掲載
相撲編集部