「報道メモ」「リーク情報」「夜討ち・朝駆け」── 事件報道の現場 その実態と課題は?
「リーク情報」で勝負する実態
事件取材の一番の問題は「捜査機関への非公式取材」に潜んでいます。 捜査情報を非公式に記者に伝えることは、国家公務員法・地方公務員法などに違反するため、捜査機関は表向き、捜査情報の伝達を厳禁しています。とくに検察組織の厳しさは有名です。地検の場合、報道対応の職務は一部の幹部に限定していますが、記者が禁を破って一線の検事らに接触したことが分かれば、記者は「出入り禁止」となり、公式の報道対応もしてくれなくなります。 かといって発表のみに頼っていると、捜査の実情は見えてきません。そのため多くの記者は独自情報を得ようと、夜間に捜査幹部の自宅などを訪れる「夜回り・夜討ち」、それを朝に行う「朝回り・朝駆け」に傾注します。言い換えれば、「リークしてもらう」ことにしのぎを削るわけです。 川崎市の中学生殺害事件でも分かるように、大事件が発生した当初は大々的な報道が続きますが、そのほとんどは、こうした「リーク情報」に基づくと言っても過言ではありません。 相手が帰宅する深夜まで電柱の陰で何時間も立って待った、捜査員の自宅をひと晩に4軒も5軒も回った、人間関係を作るため飲めない酒もとことん付き合った──。そんな経験はほとんどの事件記者が持っています。セクハラまがいの行為に耐え忍ぶ女性記者も少なくありません。それもこれも「リークしてもらうため」と言えるでしょう。
「リーク」の問題点とは
事件報道の中核を成す「リーク情報」は大きな問題を抱えています。 まず、夜回りなどで得た情報の信用性です。記者は逮捕された被疑者に直接接触できませんから、リーク情報は捜査機関からの一方通行です。「対立する双方を取材する」は報道の大原則ですが、マスコミに協力的な弁護士がいる場合を除き、事件報道ではこの大原則が成り立っていません。被疑者側に無理に接触しようとすると、捜査妨害にもなりかねません。 従って、捜査当局が自らに都合の良い情報を流し続けた場合、誤った事件像が流布される恐れがあります。かつて栃木県で起きた幼女連続殺害の「足利事件」は冤罪だったことが後に判明しましたが、無実の罪を着せられた男性は逮捕時、マスコミから完全に犯人扱いされ、「幼女趣味」など事実と全く違うことを大報道されました。松本サリン事件や袴田事件など、似たような事例はほかにもたくさんあります。 有力紙のベテラン記者は言います。 「足利事件みたいな大事件に限らず、逮捕直後に報道しまくった内容が裁判で全く出なかったとか、違っていたとか、そんな経験は誰にでもある。警察だって間違うことはあるし、最初は事件の全体像は見えていないのに、初期の段階であやふやな情報を大報道することに問題がある。それは分かっているけど、他社との競争に負けたらバッテンが付く。正直、事件が多いから振り返る暇もないし、判決が出るころには異動していてその場にいないし、そのうち過去の失敗は忘れてしまう」 もっと明白な「意図的リーク」もあります。 政治家が絡む贈収賄事件でしばしば見られるように、大事件の捜査では「家宅捜索に入る捜査員」の映像が流れます。証拠隠滅の恐れがあるため、強制捜査の着手時期は本来極秘情報のはず。それなのになぜ、事前にカメラの放列ができているのでしょうか。 理由は簡単です。東京地検を担当した経験を持つ別の記者の話。 「事前に幹部が『週明けはお前、休むなよ』などと耳打ちしてくれたり、『明日ですね?』と夜回りでぶつけて感触を得たり。多くの社が居るオフレコ懇談会の場であからさまに教える警察幹部もいました。向こうもPRしてほしいから、その点は持ちつ持たれつです。テレビはカメラや音声など人の手配が大掛かりになるので、記者クラブ内の他社の動きの慌ただしさで着手日を察知したこともあります。その場合だって他社は捜査側から情報を得ているわけです」