ジュラシックカップ誕生秘話 “フィットネス界のフィクサー”KENTO氏の見る日本ボディビルの未来
ジュラシックカップは、当初は体育館でのジムコンテストだった
「木澤さんと合戸さんが“自分達の理想を詰めた大会をやってみたい”と構想し、相談をいただいた段階では、どこかの体育館を借りてジムのメンバーを競わせるという本当に身内だけのものでした。僕はそれでは勿体ないと思った。ボディビルに名を残す両雄が関わる大会が、そんな小さな目標でいいのかと。そこで、お二人に『その夢を日本一の大会にするから、僕に任せて下さい』と頭を下げました。その時点では僕にイベンターの経験はありませんでした。大会の運営に関わったこともありません。だけど、僕は目的地に対しての道筋を考え、成果に繋げるということには実績と自負があります。だから、未経験の領域である大会運営も必ず成功させてみせると思いました」 場所の設定、機材の発注、広報の手順など、一つひとつ手探りで模索して行ったという。 「目的地を設定したら、そこに到達するまでに必要なスキルは走りながら得ていく。厳密に決めるのは着地点のみです。目標があやふやだと、せっかくの努力が意味を失ってしまう。努力の方向だけは確実に正しく綿密な計画を立て、そこまでの走り方は走りながら考えています。なので至らない部分・反省点はすごく出てしまうのですが、次のさらなる成功のための伸びしろとして捉えて都度改善していくことで、もっともっと向上させていけると思っています」 なぜ、ここまで献身的に携わるのか。その理由は驚くほど感情的なものだった。 「突き詰めると“自分の半径の5メートルの人を幸せにしたい”というのが根源的な欲求だと思います。これは僕の生きる上のポリシーであり、楽しみであり、業務方針です。身近な人たちが幸せになることで、その人の周りの人にも幸せが波及する。ジュラシックカップでいえば、木澤さんと合戸さんの夢を叶えることで、大勢の選手の方々と観客の方々が幸せになってくれたと思います。このように、身近な人を精一杯幸せにすることが、ひいては大勢の幸せを生むと思っています」 利他の思想に行き着いたのは、利己の先にある世界を見たからだという。 「僕は自分のためだけの利益や楽しみの追求は、人生の初期で達成しているんです。やりつくして、その虚しさを心底味わった。そこで、本当に自分が求めているのは、共に喜びを分かち合う仲間だと思いました。仲間がいなければ、どんな成功も味気なく空虚です。そこから、誰かのために行動すること、人が幸せになるための裏方としての生き方を選びました」 新しい試みには逆風も吹く。業界が保守的であればなおその風は強い。有名選手が突然の活動方針転換をする傍らにKENTO氏の存在があることから、“フィットネス界のフィクサー(黒幕)”と呼ばれ、怪しげなイメージを持たれることもあるという。 「僕が表舞台ではなく裏方の仕事が好きすぎるというのもありますが(笑)、そうでなくともお金が発生する場には邪推がつきものです。ジュラシックカップのクラウドファンディングも、お陰様で一回目の開催は1000万円、今回は1300万円という高額な支援を得ることができました。でも、そこに“個人的な利益の追求”というのはありません。もちろん、労働に対して相応の対価というのは関係者は得ていますが、それ以外の全てを大会の成功に向けて使っています。興行には怪しげなイメージを持たれる方がいらっしゃるのは当たり前のことなので、できうる限り透明性を大切にしていくことで、それを払拭したいと思っています」