コンサートにお葬式、図書館の知られざる日常とは?―パク・キスク『図書館は生きている』
町の図書館といえば、真っ先に何を思い浮かべるだろうか? 絵本を選ぶ親子、勉強にいそしむ学生、新聞を眺める高齢者……。年代も性別も異なるさまざまな人々が集い、静かに過ごす場所というのが共通のイメージだろう。でもその図書館で、お葬式やコンサートが行われているとしたら? 世界の図書館に目を向けると、いまや図書館は本を貸し出すだけの場所ではなくなり、楽器を貸し出し、お葬式をあげる図書館も現れているという。そして、子どもの声に寛大なドイツの図書館には耳栓の自動販売機まであるそうだ。 長年、アメリカで司書を勤めた著者が目にした図書館の愛しい日常と、世界の図書館をめぐる25のエピソードを紹介した『図書館は生きている』より、訳者あとがきを抜粋して公開する。 ◆アメリカ公共図書館の司書になった韓国人 本書は、アメリカの公共図書館で司書として勤めた著者のエッセイだ。司書目線で語る図書館の日常と世界中の図書館にまつわる興味深いエピソードの数々は、新たな視点で図書館を見つめるきっかけを与えてくれる。 著者のパク・キスク氏は、韓国の淑明女子大学文献情報学科を卒業後にアメリカのシラキュース大学情報大学院に留学し修士号を取得。帰国後にIT開発者としていくつかの企業で働いた経験を持つ。その後再びアメリカへわたり、カリフォルニア州オレンジカウンティの公共図書館で司書として働き始めた。著者はまた、世界各地の図書館を訪ねて旅行を楽しむ図書館愛好家でもある。「図書館旅行者」のハンドルネームでSNSで発信していたのが書籍編集者の目に留まり、2022年秋に『도서관은 살아 있다(図書館は生きている)』が韓国の出版社である図書出版マティから刊行された。 誰しもそれぞれ図書館に関する思い出があることだろう。学校の図書室で本を借りた日のこと、ずらりと本が並んだ書架の中から探していた1冊を見つけたとき(あるいはなかなか見つけられないときの)の気持ち、閲覧室の隅っこで誰にも邪魔されずに本を読んだ時間、あるいは子育てをするようになってから、地域の図書館で子ども用の絵本や紙芝居を借りた経験など。しかしここで紹介されている図書館の姿は、おそらくそうした一般的な図書館のイメージとはやや異なるのではないだろうか。驚いたり、おかしくて笑ったり、ほろりとしたり。本書には、本以外にも楽器などを貸しだす図書館の話や、図書館ねこの存在など、ほほえましいエピソードに交じって、蔵書の廃棄や禁書をめぐる荒唐無稽な検閲の事例なども紹介されている。 ◇ グーグルを超える最強の検索ツール 司書がレファレンス・サービスや利用者からの質問に対応する話を読んで、私も自宅近所の図書館でレファレンス・サービスをお願いしてみたところ、数日後に私の予想を遥かに上回る詳しい資料を提示してくださった。約150年前の出来事に関する私の疑問に対して、関連情報をつぶさに検証する司書の方々のプロ意識に感服すると同時に、「図書館の本気」を見た気がした。私は、本書に引用された「グーグルは10万個の答えをくれるが、司書は正解を教えてくれる」というニール・ゲイマンの言葉を思い出し、我が街にもこのように素晴らしい司書たちがいることを誇りに思った。その後もレファレンスをお願いする度に、いつも正確な情報とともに複数の参考図書を教えてくださり、今では絶大なる信頼を寄せている。 図書館はただ本を借りるだけの場所ではなく、誰でも自由に出入りできる公共の居間であると著者はいう。確かに公共図書館ほどあらゆる年代の人が交わり、雨風を凌げる無料の場所はあまりないかもしれない。設計の段階からホームレスが主な利用者であることを認識して、あらゆる面で配慮を施したシアトル中央図書館のエピソードは、政策や福祉面のみならず建築面においても公共空間のあるべき姿を追求する必要性を教えてくれる。ホームレス状態にある人を市民として当然に包摂する建築家たちに私たち利用者が学ぶ点は多い。 ◇ 世界の、そして日本のお勧め図書館 本書には取り上げられていない日本の図書館の現状にも目を向けてみたい。2023年7月に発行された『図書館年鑑2023』(日本図書館協会)によると、2022年4月1日現在、国内の公共図書館は3305館となっている。この20年間で594館増え、蔵書冊数も約1.5倍に増加した。岡本真・ふじたまさえ著『図書館100連発』(2017年、青弓社)では、川に面したロケーションを活かしてバードウォッチングを楽しめるたつの市立揖保川図書館(兵庫県)、心地いいBGMの流れる東近江市立永源寺図書館(滋賀県)、コンビニエンスストアに返却用ブックポストを設置して利便性を向上させた水俣市立図書館(熊本県)、交通手段のない高齢者のいる施設や個人宅で、図書の貸出と返却を仲介し、本の読み聞かせや希望者には話し相手になるサービスを提供する富士見町図書館(長野県)など、利用者のためにさまざまな工夫をこらしている図書館を取り上げている。 石川県立図書館は、私が特にお勧めしたい図書館だ。「県民の多様な文化活動・文化交流の場として、県民に開かれた『文化立県・石川』の新たな〝知の殿堂〟」を基本コンセプトとするこの図書館は、外観や内装が美しいだけでなく、広いフロアに見渡しやすい書架、テーマごとに分けられたわかりやすい展示、館内のいたるところに設置された座りやすい椅子、読書灯とコンセントを備え付けた机など、そこを訪れるすべての人を歓迎しているようなとても居心地のよい空間だった。2023年夏に訪れたとき、隣接する文化交流エリアは休館日を除く平日は午後9時まで、週末や祝日は午後6時まで解放されていて、たくさんの市民や若い学生たちが勉強していた。将来、成長した彼らの思い出に残るであろうこの図書館の姿をつい想像してしまうほど強く印象に残った。 ◇ 「知る権利」を守る最後の砦として 本書で紹介しているコロナ禍での図書館の奮闘を読むと、図書館がコミュニティの中で重要な役割を果たしていることが分かる。日本でも、2011年3月に起こった東日本大震災で多くの被災者が避難生活を送る中、岩手・宮城・福島の図書館員たちが自らの仕事にいかに取り組んだかを紹介している本がある。大震災の発生から九年後に出版された『東日本大震災 あの時の図書館員たち』(2020年、日本図書館協会)は、当時の図書館員がそれぞれ何を感じ、どう行動したかを記録に残したものだ。全壊した図書館、建物は残ったものの貴重な資料がすべて流失した図書館、移動図書館を待ちわびていた大勢の市民、避難所での生活で読書が心のよりどころとなった人々。本は大人だけでなく子どもたちの心も和らげる役割を果たしたことなどを知り、趣味の読書は不要不急の娯楽かもしれないけれど、多くの人にとってはライフラインのようなものなのかもしれないと思った。こうした貴重な記録は、地域コミュニティの意義や図書館の多様な社会的機能に気づかせてくれる。 図書館はまた、利用者の知る権利を守り、権力による検閲から個人情報を守る良心の砦だ。しかし図書館のこうした役割にもかかわらず関連予算は削減され続けている。この20年間で国内にある公共図書館の専任職員数は3分の1以上減り、経常的経費として計上される資料費予算も20パーセント近く削減されている。 「政策の決定権を持つ人たちの認識が足りないと図書館は必ず衰退する。しかし地域の人々の関心とサポートがなければ図書館は消えてしまう」(本書174ページ) 図書館を愛する利用者として、この言葉をいま一度心に刻みたいと思う。 [書き手]柳美佐 (韓日翻訳者) [書籍情報]『図書館は生きている』 著者:パク・キスク / 翻訳:柳 美佐 / 出版社:原書房 / 発売日:2023年11月21日 / ISBN:4562073675
原書房
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