世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.123「マシン差は埋められない時代、だからマルケスはファクトリーにこだわった」
今のMotoGPマシンは、開発が厳しく規制されています。最新型のファクトリーマシンと、今マルケスが走らせている1年落ちモデルの差は、本当に微々たるものです。でも、その微々たる差がコンマ2秒だとしても、5周で1秒、10周で2秒、20周では4秒という大きな差になってしまいます。 昔のGPは、ある意味で大ざっぱ(笑)。「それぐらいの差はライダーの腕でなんとかする」なんていうことも可能でした。でも今のMotoGPは、与えられたパーツを最大限に活用し切っています。タイヤのパフォーマンスも、最後の最後まで使い切ることを前提にしてセッティングされ、ペースを作っている。いくらライダーの腕が優れていても、差を埋めることがほぼできないぐらいのレベルに達しています。 それでもマルケスは終盤にトップが見える位置まで上がってくるんですから、「さすが!」としか言いようがありません。ただ、そう簡単に優勝はできない。それは、ファクトリーチームとサテライトチームの間に、大きな差があるからです。 今は、パーツよりもデータがものを言う時代です。データとはエンジン制御に使われるもので、これがかなり支配的。ファクトリーチームは、もちろん最新・最良のデータを最速で使います。そして数戦後にセミファクトリーチーム、そしてさらにその後にサテライトチームに提供されているはずです。 この、僕たちの目には見えないデータを、マルケスは喉から手が出るほど欲しがっているんです。だからこそ彼はファクトリーチーム入りにこだわった。ほとんど同じようなマシンで、自分の実力をフルに発揮しても(今のところ)勝てない理由を探して、ファクトリーチームとサテライトチームのデータの差に行き着いたのでしょう。 ──グレシーニではファミリーのような関係を築いているが、それはそれ、これはこれ。
鬼気迫るチャンピオンへの熱意には、アコスタの影響あり?
マルケスの決断力は、本当にすごい。長年一緒に戦ってきたホンダを去ってドゥカティ入りし、長年にわたってパーソナルスポンサーだったレッドブルと決別してでも、来年はドゥカティ・ファクトリー入りする。 しかもそこには、イタリア人のエースライダー、バニャイアがいるわけです。ジジ・ダッリーリャ率いるドゥカティは、もちろん、国籍によってライダーの扱いに差を付けることはありません。ジジは現役時代の僕のチーフエンジニアで、今も個人的な付き合いがあるから、よく分かります。 でも、それは建前だということもよく分かる(笑)。自国のライダーに肩入れしたくなるのは、人として自然な感情です。特にイタリア人はその傾向が強い。イタリア人のバニャイア、そしてスペイン人のマルケスが、イタリアのチームで同僚となる。ほんの些細なことかもしれませんが、ふたりの扱いに差が付いてもおかしくありません。 マルケス自身も、そのことを十分に理解しているはずです。国籍のこともあって、「ファクトリーチームに入っても扱いはNo.2だろう」ということを、彼は覚悟している。さらに言えば、報酬だってそんなに高くはないでしょう。 それでもやはり、マルケスはドゥカティのファクトリーチームに行きたい。それは今、もっともチャンピオンに近いマシンとチームだからです。シンプルに「チャンピオンを獲りたい」と考えた時に、確かにドゥカティのファクトリーチームが最善の選択です。 マルケスは31歳。彼が天才の中の天才であることは間違いありませんし、今もトップの中のトップです。でも、ペドロ・アコスタを筆頭にした若手の勢いには、脅威を感じているでしょう。フィジカルやメンタルはまだまだ伸ばせる年齢ですが、目や反射神経だけはどうしても衰えていくからです。 ──31歳のマルケスをゼッケン31のアコスタが追う。