あまりに壮絶…法を守るために「餓死」を選んだエリート裁判官は本当に「立派な人」なのか
クローン人間はNG? 私の命、売れますか? あなたは飼い犬より自由? 価値観が移り変わる激動の時代だからこそ、いま、私たちの「当たり前」を根本から問い直すことが求められています。 【写真】あまりに壮絶…法を守るために「餓死」を選んだ裁判官は「立派な人」なのか 法哲学者・住吉雅美さんが、常識を揺さぶる「答えのない問い」について、ユーモアを交えながら考えます。 ※本記事は住吉雅美『あぶない法哲学』(講談社現代新書)から抜粋・編集したものです。
法を守って餓死した裁判官
日本にも、不合理な法を遵守したことによっておのれの生命を失った人がいた。敗戦直後の1947年、東京地方裁判所の若き判事が栄養失調のため死亡したのである。 日本は戦時中、配給制度をとっていた。米、味噌、醬油、砂糖などの食料やマッチ、石鹼などの日用品が配給の対象となり、各家庭に予め人数分の引換券が配付され、これを商品と引き換えるという制度であった。 敗戦後もこの配給制度は存続したものの、機能不全に陥った。米がなくなり、さつまいもやトウモロコシなどの代用食も遅配や欠配が続いた。つまり配給を頼っていては人々は食べ物を入手できない状態に陥ったのである。 当然、国民は飢え死にしたくないから、法律違反であることを承知しながら「闇市」と呼ばれる市場で食料を入手するようになった。現金を持たない人は自分の衣類を売ってまでも食糧を手に入れた。みんな、生きるために仕方なく法律違反をしていたのである。 しかし、東京地裁の山口良忠判事(当時34歳)は、飢えに苦しみながらも法律違反の闇市で食糧を購入することをせず、あくまでも合法的な配給物だけで生きようとした。なぜならば彼は裁判官であり、配給制度を根拠づける「食糧管理法」をもって違法者を裁く立場にあったからであった。 現行法によって裁く立場の人間はたとえ生きるためとはいえ、その法を犯してはならない、というおのれの職務に忠実な考え方であった。しかし彼はそれゆえに、その生命を若くして終えざるを得なかったのである。 彼は、たとえ悪法であっても法律である以上、裁判官たる自分はそれを守らなければならない、という趣旨のメモを残していたという。