役所広司がパリの現代日本映画祭キノタヨで功労賞、フランスとフランス映画への思い語る 観客賞は「あんのこと」
今年18回目を迎えたパリの現代日本映画祭キノタヨが14日間にわたり開催され、観客の投票で選ばれる観客賞(ソレイユ・ドール)を、入江悠監督の「あんのこと」が受賞した。すでに帰国していた入江監督はビデオメッセージで感謝を述べたあと、「この映画を通して日本とフランスが繋がっていることをとても嬉しく思います。また映画を作ってキノタヨに戻れるように頑張りますので、再びパリでお会いできることを願っています」と挨拶した。 【フォトギャラリー】パリの現代日本映画祭キノタヨに参加した役所広司 一方、エリザベル・ルナール監督(「Tokyo Melody」)ら4人の審査員メンバーが全員一致で選んだというグランプリは、「外見で判断されることに疑問を投げかけながら、キャラクターに対する繊細さと奥ゆかしさ、優しさが感じられると共に、大衆演劇に関するドキュメンタリーのようなアプローチも魅力的だった」として、藤田直哉監督の「瞼の転校生」に、審査員賞は「ストーリーテリングの独創性、時間の扱い方のユニークさとともに、東洋と西洋を鏡で写したような現代的な遊びがある」と、冨永昌敬監督の「白鍵と黒鍵の間に」にわたった。藤田監督はビデオメッセージで、冨永監督は文書でそれぞれ受賞に関するコメントを以下のように披露した。 藤田「グランプリを頂けたことをとても嬉しく思います。この映画祭に参加して、パリの素敵な街で、みなさんの温かい反応のなか上映することができ、すごく有益な感想をもらえ、これから自分が映画を作っていくなかで起点となる機会を与えてもらった気がしています(略)」 冨永「受賞を心から嬉しく思います。芸術とは作家の自意識と生活と時間のあいだで、その3つを削るようにして生み出されるものです。池松壮亮が演じたピアニストは芸術家であり、労働者であり、時間の有限性の体現者でした。この一晩に偽装された3年間の物語を世界中の若い芸術家のみなさんに捧げます」 今年のコンペティションは計7本。上記受賞作の他に、曽利文彦監督の「八犬伝」、森達也監督が1923年9月、関東大震災直後に起きた村人による虐殺事件を題材にした「福田村事件」、石橋義正監督のファンタジック・スリラー「唄う六人の女」、アンドレアス・ハルトマンと森あらた監督が、日本でさまざまな理由により蒸発を試みる人々を追ったドキュメンタリー「蒸発」と、多彩な作品が揃った。さらにオープニングに空音央監督の「HAPPYEND」、クロージングには黒柳徹子の自伝的小説を映画化し、今年のアヌシー国際アニメーション映画祭でポール・グリモー(特別)賞を受賞した八鋤新之介監督の「窓ぎわのトットちゃん」、コンペ外作品として、坂本龍一がらみの「Ryuichi Sakamoto | Opus」「トーキョー・メロディー」、今村昌平1967年の作品「人間蒸発」、アニメ作品「BLUE GIANT」、五十嵐耕平監督の「Super Happy Forever」、レイコ・クルック西岡が自身の戦時中の思い出を綴った原作を朗読したイベントの映像作品「赤とんぼ」、また今回のハイライトである役所広司特集として計5本、「PERFECT DAYS」「孤狼の血」「うなぎ」「Shall We ダンス?」「CURE」が上映される盛り沢山な内容となった。 人気がもっとも高かったのはやはり、役所自身が舞台挨拶をする特集上映だった。とくにフランス劇場未公開のコメディ「Shall We ダンス?」は、比較的に知られていないものの、ほぼ満席となり、会場からはたびたび笑いが起こっていた。 じつは、昨年ヴィム・ヴェンダース監督を招聘し「PERFECT DAYS」を上映するにあたり、映画祭側はすでに役所広司特集を計画していたという。だがスケジュールの都合で本人の渡仏が叶わず、一年越しのラブコールでようやく実現に至ったとか。クロージング・セレモニーでは、「現代日本映画の顔であり、彼を通して我々は日本映画の現在地を知る」として、今村昌平(没後授与)、ヴェンダース(2023年)に続き史上三人目となるソレイユ・ドール功労賞が授与された。 登壇した役所は、「このたびは僕の出演した作品の特集までやって頂いた上に、こんな素晴らしい賞を頂き、本当に恵まれすぎていると思っています。今村昌平監督と、ヴィム・ヴェンダース監督、このおふたりと同じ賞を頂けるというのは、本当にチンピラ俳優がもらっていいのかという思いがあるのですが(笑)、これだけの素晴らしい賞を重荷にして、それを背負って一歩でも先に進めるように、この賞に恥じないように頑張っていこうと思います。(略)」と、感慨深げに語った。 また日本のマスコミの取材に応じてくれた役所は、フランスとフランス映画への思いをこう打ち明けた。 「僕が俳優として初めて国際映画祭を経験したのがカンヌでした(「うなぎ」がパルムドールを受賞した1997年)。映画ファンってなんて沢山いるのだろう、この熱狂は何なのだろうとびっくりしたのを覚えています。フランスは映画発祥の地で、ヌーヴェルヴァーグをはじめ実験的な映画を作っている印象があるので、そこでこんなに素晴らしい賞を頂いて、映画の面白さと、映画ファンの熱狂を教えてもらいました。僕はフランス映画にそれほど詳しいというわけではないのですが、子供の頃からフランス映画は好きでした。大人っぽい世界を未成年の頃から覗き見するというか、フランス映画は恋愛ものが多いですし、それで勉強したと思います。 何度も観たのは『禁じられた遊び』です。お墓を作って遊ぶのは自分もやっていましたし、観るたびにさまざまな感動を覚えました。格好いいなと思った俳優はやはりアラン・ドロンさんですね。『太陽がいっぱい』や『ボルサリーノ』など、いろいろ観ました。またフランス映画を観ると、カリカリのパンにバターやジャムをつけて食べたり、カフェを飲んだりと、子供心に食べているものにすごく興味を惹かれました。あとはファッションですね。どうしてこんなに洋服が格好いいのだろうと。フランス映画だと、ちゃんとみんなあつらえたようなぴったりした服を着ています。僕が俳優になりたての頃は、ぴったりしたスーツなど着させてもらえなかったですから。『これは高倉健さんが着たスーツなんだ』と言われても、サイズが違うんだけどなあ、と(笑)」 最後に、フランスで日本文化や日本映画、あるいは日本との合作への関心が高まっているなか、「日本も資本の部分でしっかり参加できるような体制ができるといいなと思います。日本映画というとどうしても国内で採算が取れればいいといった考えが多く、あまり世界に向けて作っていなかった気がします。いまこの日本ブームを機会に、世界中に日本を紹介できるような映画が撮れるチャンスだと思うので、日本映画界も積極的に協力していい作品を作って欲しいと思います」と希望を託した。 今年のキノタヨ映画祭の動員は、昨年と比べほぼ50パーセント増しだそうで、日本文化への興味はもちろん、「役所効果」も大きかったのではないかと思える。(佐藤久理子)