仲野太賀が『虎に翼』にもたらすグルーヴ感 佐田優三の“抜け”や“隙”は熟練の域に
ヒロイン・寅子(伊藤沙莉)がついに弁護士になったものの、ここしばらく寂しい日々が続いている朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)。それは彼女が女性であることを理由に弁護士として信用してもらえないことも理由としてあるが、それとは別にもうひとつある。我らが佐田優三の不在だ。演じているのは仲野太賀。もう彼が戻ってくることはないのだろうか。 【写真】佐田優三の“抜け”や“隙”は熟練の域に。寅子(伊藤沙莉)と握手する優三(仲野太賀) 仲野が演じる優三とは、寅子の実家・猪爪家に下宿していた書生だ。彼は早くに両親を亡くしており、弁護士だった父に憧れて大学に通っていたものの、現在の司法試験にあたる高等試験になかなか合格できずにいた。 昼は銀行で働いて、夜は勉学に励む。そんな苦学生ともいえる人物だったが、心根の優しい性格で機転がよく利き、猪爪家の、ひいては『虎に翼』の良心ともいえる存在だった。ところが、寅子だけが高等試験に合格したタイミングで法曹の世界で生きていくことを断念することに。そのような流れで猪爪家を出て行ったわけだ。 この優三の不在に対して、いわゆる“ロス状態”になっている視聴者が少なくない様子。かつて猪爪家で何か問題が起こった際、彼の言動によって物事が好転することも多々あった。法曹の道を歩む寅子の良き相談相手でもあったし、そもそも彼の存在がなければ弁護士・猪爪寅子の誕生だってなかったのは誰もが知っている。さまざまな面において、佐田優三とは重要な人物だったのだ。 本作の公式ガイド『連続テレビ小説 虎に翼 Part1』(NHK出版)において仲野は「優三はあまり自己主張をせず、どこか気弱で、おどおどしていて、何だか頼りない。でもとても優しくて、実は芯のある人だと感じます。ふとしたときにさりげない優しさがにじみ出て、ここぞというときには男らしく、ある種の“抜け”や“隙”もある」と、撮影も序盤であろう頃の時点で優三に対するイメージを語っている。 これまで私たちが目にしてきた優三とは、まさに仲野が語るとおりのものだった。基本的に自己主張をしない人物だったが、言うべきときには意を決して言葉を口にする。そしてその懸命な姿が、猪爪家の面々はもちろん、お茶の間にいる私たちの胸にも迫る。それでいて、彼の持つ個性としての“抜け”や“隙”が作品そのものの抜け感にもつながる。 優三が意を決して口にする言葉の多くは、私たち視聴者の声を代弁するようなものだったのではないだろうか。そしてこれが『虎に翼』における作品の緩急の“急”だとするならば、彼が生み出す抜け感は“緩”だ。力を入れるべきところでは入れ、抜くべきところでは抜く。基本的には引いておいて、ここぞというときには押す。 こういった仲野の演技の力加減やタイミングを読むセンスに唸らずにいられないのはもちろんだが、やはり何よりすごいのは、『虎に翼』という作品の物語の流れの中で、“仲野太賀=佐田優三”がどのように在る(=存在する)べきかを正確に把握していたことだろう。仲野のポジショニングの正確さから生まれた軽妙な掛け合いによるグルーヴ感が、本作の手触りにも大きく影響している。“ロス状態”が生じるのは当然。かくいう筆者もそうなのだから。 仲野はまだ30歳を過ぎたばかりだが、演技者としてはすでに熟練の域にある。大袈裟かもしれないが、これに異を唱える人はあまりいないのではないだろうか。2026年に放送予定の大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK総合)での主演が内定しているのも、彼が幅広い層から支持されていることの証。 『虎に翼』の主演の伊藤とは、『拾われた男 LOST MAN FOUND』(2022年/NHK BSプレミアム)で夫婦役を演じたこともある。いま再び、寅子はつまずいているところだ。優三には一刻も早く戻ってきてもらい、意を決した言葉や抜け感で勇気づけてほしい。
折田侑駿