「美しいゲームを見せるため人々をスタジアムへ連れてくる」シャフタールが信じ続けるサッカーとは【流浪の英雄たち 第1回】
「東欧最強クラブ」と呼ばれるウクライナのシャフタール・ドネツク。チーム関係者の膨大な証言を通して、知られざる流浪の英雄たちの戦いに光を当て、クラブの熱源に迫った『流浪の英雄たち シャフタール・ドネツクはサッカーをやめない』より「ブラジル人」を一部抜粋して公開する。(文:アンディ・ブラッセル、訳:高野鉄平 )
●「守るだけではダメだ。それができるのは(ジョゼ・)モウリーニョだけだ」 リナト・アフメトフとミルチェア・ルチェスクはテーブルをセットした。あとは大勢のゲストに来てもらうだけだ。ファンだけに限った話ではない。 「美しいゲームを見せるため人々をスタジアムへ連れてくる」という考えだったとルチェスクは話してくれた。 彼と会長は、可能な限りスタイリッシュなシャフタールを作り上げるという彼らのビジョンこそがその大黒柱になると確信していた。 2人が一緒にまず築かなければならなかったのは、チームに加入して活躍してくれることを彼らが夢見ていたブラジル人タレントたちのための環境だった。 野球場のダイヤモンドを作り始める前に、まずはトウモロコシ畑の整地から始めなければならないようなものだ。彼らにとってのヒューストン・アストロズを作り上げられるようになるのはもう少し先のことだ。 会長と監督が初めて試合後のミーティングを行った日から、2020年の秋まで時間を早送りしてみれば、アフメトフの夢と願望によって実体化されたルチェスクの哲学がクラブのDNAにしっかりと息づいていることは明白だった。 ルチェスクから長年を経て、ドネツクとドンバス・アリーナから長年を経て、流浪の日々を過ぎ、ブラジル的手法に対する信念はそれまで以上に強まっていた。 その頃は新型コロナウイルスにより、UEFAチャンピオンズリーグの試合や欧州国内リーグの大半からサポーターが消え失せていたが、観客席を埋めるファンがいなくとも変わりはしない。 シャフタールは流浪のチームとなりながらも、ブラジル的な閃きとブラジル人にインスパイアされた華麗なサッカーを完璧に融合させたという点ではレアル・マドリードも顔負けだった。何があろうとも、夢と理想は残り続けていた。 その理想はアフメトフによって求められ、ルチェスクによって実現されたものだ。彼がポルトガル語をマスターしていることも大事な出発点となったが、我々のよく知るシャフタールを作り上げる上でそれ以上にはるかに重要だったものは、ひとつのサッカーを信じ続けるシステムに対する彼の強い信念だった。 「私は攻撃的なサッカーが好きだ」と彼は、決して譲れないと言わんばかりの口調で言う。それ以外のサッカーを望む者がいることが、彼には理解できない。 「とても(強い)コンビネーションプレーだ。とてもモダンな。それができなければ、勝てはしない。守るだけではダメだ。それができるのは(ジョゼ・)モウリーニョだけだ」とルチェスクは、彼とは異なるサッカー観を持つポルトガル人監督への敬意を込めながら笑う。 「彼は守備を非常にうまく組織し、だからこそ良い結果を出すことができる」。正反対に見える他の誰かを認めているのは興味深いことであり、ルチェスクの隠された現実主義的な一面を垣間見ることができる。 (文:アンディ・ブラッセル、訳:高野鉄平 )
フットボールチャンネル編集部